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 すやすやと眠る時透さんを横目に、私は静かに屋敷を飛び出した。
 丸い月、明るい、今夜は美しい空だ。
 無惨さまの瞳のように美しい夜だ。


 記憶を辿りながら、私は森の中を必死に走った。走った。走った。

 無惨さま、無惨さま、無惨さま。
 
「ーー無惨さま!」

 言葉にしながら走った。わけも分からず涙が出た。不安で、悲しくて、胸が高揚して、嬉しくて、涙が止まらなかった。


 あぁ、無惨さま。無惨さまにあったら一番に何を話そう。どう抱きしめてもらおう。


 無惨さま、会いたい。いま、会いに行きます。
 もうすぐです。もうすぐ。


 街が見える少し手前というところで、ふいに背後から重いものが私の身体に勢い良くぶつかってきた。私はバランスを崩し、膝から土の上に転がった。

 転んだ私にのしかかった存在は鈍く光る刃物を持っていた。私は必死に抵抗して、なんとかその存在を弾き飛ばした。

 荒い息があたりに満ちる。
 
 雲が晴れて、顔が見えた。
 彼女は、胡蝶しのぶさんの弟子にあたる人物だった。何度も見かけたことのある顔だった。

 抜け出したのがバレた。瞬時にそう考えて、私は隠し持っていた薬草を見せると、微笑んでみせた。

「猪かと思って驚きました。実は、胡蝶さんに満月の夜にしか取れない花を摘んで来いと頼まれていたのですが、付人とはぐれてしまい、迷子になって困っていたのです」

 私がそう言うと、彼女は表情を変えた。これまで警戒していたようなものから、ふいに顔を緩め、うつむいた。
 信じた。騙せた。と、安心して、彼女の手に握られている刃物の存在が気になった。
 
 どうして彼女はこんな時間に、こんなところに居るのだろうか。

 俯いていた顔が上げられた。
 その顔は、嫉妬に満ちていた。
 女の嫉妬に満ちていた。

 ーーあ、と思ったときにはすでに、刃が深くお腹を貫いていた。

「あなたが来てから、胡蝶さまは、私のことを見なくなった……!」

 あぁ、違った。
 間違えたのだ。私は間違えた。

「あなたばっかり優遇されて、信頼されて、何年も一緒にいる私よりーー」

 言葉の途中で目の前から彼女の姿が消えた、悲鳴とも取れない音がして、ぐしゃっと水っぽい音が遅れて聞こえた。ドクドクと血が溢れ出す。
 霞む視界、鈍る思考、何が起こったのか全くわからなかった。

「……むざ、んさま」

 無惨さま。無惨さま。
 何もわからない。
 ただ、ただただあなたに、会いたい。

 *

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久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時

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