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*
「Aさん」
再び襖の向こう側から声がして、私は警戒心を高め、布団を引き寄せた。私がはい、と掠れた声で返事をしたら、ゆっくりと襖が開いた。
「そんなに怯えずとも大丈夫ですよ、Aさん」
向こうから現れた女性は、私の記憶が途切れる最後に見た女性だった。柔らかい表情、結われた髪と蝶の髪留め、そして鼻先をくすぐる藤の花の匂い。
「私の名は胡蝶しのぶ。あなたの体調が大丈夫でしたら、お館様に会って頂きたいのです」
私は未だ、困惑していた。話の筋が読めず、ひたすら困惑していた。
「ご気分はいかがですか」
「……ここは、どこですか」
「教えることは出来ません」
解答にならない私の返事に、胡蝶しのぶと名乗った女性は表情を変えることなく答えた。
「……お館様って、誰ですか」
「この屋敷の主です」
つまり、誘拐犯組織の長ということだろう。そう簡易にあたりをつけ、私は頷いた。
「お館様にあわせてください」
胡蝶しのぶさんは柔和な表情をぐすすことなく、分かりましたと呟いた。
◇
「君は貴重な情報を知っているね」
お館様と呼ばれる青年は、病気を患っているらしく、布団にて上半身を持ち上げた状態で対面することになった。そして顔を合わせてそうそう、そんなことを言われた。
「……」
私が答えずにいると、お館様は目配せをし、人払いをさせた。襖に囲まれた部屋にはお館様と私、ただ二人きりである。
「急に連れて来て悪かったね。でもそうでもしてここに連れてくるだけの価値が、君にはあるということを知っておいて欲しい」
本質に触れない曖昧な言い方に不安が募る。さっきからずっと、夢を見ているみたいに輪郭が掴めない。この人たちは誰だ。なぜ私は連れて来られたのだ。
「君の噂を聞いたときには驚いた。まさかやつのそばに人間が、しかも少女がいるとは思わなかった……」
やつ、やつとは、もしかして。
像の結ばれぬ嫌な予感が背中を這う。
お館様は、微笑んだ。
「単刀直入に言おう。私たちは君が持つ鬼舞辻無惨についての情報が欲しい。やつをこの世から、葬り去るために」
思いもよらぬ言葉に、私は目を見開いた。
「……鬼殺隊」
ふいに口からこぼれた。
「協力してくれるね」
それをさも当然だと考えているような声色に、私はごくりと唾を飲み込んだ。
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久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時