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「……私は一度、Aを追い出した」
私は瞬きをして続きを促す。無惨さまは、とても、言葉を選んでいるように見えた。なんて言うべきか迷っている。そんな感じ。
「だがこの数日で、気が変わった」
私は少し眉を寄せる。つられたのだ、無惨さまの表情に。無惨さまはわずかに苦しそうに歯ぎしりをする。耐えている、なにかに、耐えている。
そして決意したように、ぐっと瞳の色を濃くした。
「……ここにいろ、A。忘れたものは私がすべて教える。ひとつひとつ、すべて。記憶など、これからまたつくれば良い」
私は目を見開いた。ぽっかりとあいていた心の穴が、急に満ちるように感じた。身体は覚えている。目の前の存在が愛おしいと、覚えている。
無惨さまは答えない私に、わずかに不安そうに瞳を揺らす。そしてまた歯を噛みしめる。
「ここが、痛いです」
ぎゅうぎゅうと痛む胸をさして、私はへにゃっと笑った。
「……どうやら私は、喜んでいるみたいです。ずっとずっと無惨さまのそばに居たいって、身体が叫んでるんです」
目開かれた赤、しばし硬直。その後、私はふたたび抱きしめられた。私は無惨さまの胸元に額を寄せて、言いようのない切なさに身を浸す。
もし、と無惨さまが呟いた。
「……もし拒絶されていたら、今頃Aを殺してた」
私は少しだけ息を吸う。
何か言おうと思ったけれど、それよりもはやく、無惨さまが身体を離し、こつんと額を寄せてきた。
「……だが、私はAを殺したくはない。だからどうか、私に殺されてくれるなよ」
脅迫みたいだ、だけど愛がにじむ。私は無惨さまのほっぺをむにとつまむと、不敵に微笑んだ。
「任せてください。うんざりするくらい一緒に生きます」
手を離すと、その手を寝台に縫いつけられた。無惨さまはそっと目をつぶると、わずかに微笑んだ。嘲笑めいたそれ、私はその真意はわからない。
「……無惨さまあの、一つ質問してもいいですか」
無惨さまは私の隣で横になると、先を促すように私の頬を指先で撫でた。
「……無惨さまは、どうして私を殺さなかったのですか。どうして私を食べなかったのですか。……ここまで、育ててくれたのですか」
ずっとずっと不思議だった。遊郭にいる間、健康な自分の身体を見てたくさん考えた。だけど、分からなかった。
記憶のある自分は、知っていたのだろうか。しがない孤児であった私が、ここまで生きてこれた理由を。
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久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時