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 ごとり、と落ちた腕。男は目を見開き、声を上げようと口を開く。が、瞬きの間に身体は壁へと飛ばされた。意識を失ったようで、ずるりとその場で崩れ落ちる。
 咄嗟に私が近寄ろうとすると、腕を掴まれ、強引に抱きしめられた。
 かたく、かたく、強く、執拗に。
 その瞬間、私の肌全体にひりりと静電気が走ったように感じる。

「……私に捨てられたらすぐにまた別の男のもとへ行くのか」

 言葉に、肌がぞわっと粟立った。かつて感じたことのないーー怒り。怒りを、皮膚全体で感じた。

「あの男の提示した金額に惹かれたのか? 何か物を与えられたのか? あの男に、何を言われた? どこを触られた?」

 切羽詰まっているように、私を抱きしめ怒る存在は言う度に拘束する腕をきつくする。私はぐぅ、と変な声が喉から漏れるけど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。未だ肌はひりひりするほどの怒りを感じるけれど、恐怖はさほど感じない。

「……無惨さま」

 私を掴む腕がビクリと震えた。

「夢の中で、少しだけ思い出した記憶の中で、私はあなたのことをそう呼んでいました」

 無惨さま、そう、この人は無惨さまだ。
 夢で見たものとも、記憶を失くした後に見た姿とも違う見目だけれど、間違いなく無惨さまだ。

「……あの男の人は単なる蕨姫のお客様です。私はどうなるつもりもありません」

 無惨さまは私と少しだけ距離をおくと、まっすぐに私を射抜いた。その赤い瞳がわずかに揺れる。

「構わない」

 ぽつり、と。そしてもう一度構わないと呟いた。私は目を瞬かせる。先を促すように下からそっと覗き込むと、無惨さまはぐっと私の肩を掴んだ。

「もうこの際……記憶が無くても構わない」

 もう一度抱きしめられて、気がついたら遊郭ではない場所にいた。確か、そう、無限城。無限城にいた。
 忘れていなかったことに安堵していると、無惨さまにずるずると腕をひかれ、どこかの部屋にまで誘導された。無惨さまは私を入れると自分も部屋に入って、扉を閉めた。そして鍵もしめた。私は目をぱちくりさせて、無惨さまの行為の理由を探す。
 無惨さまは私を抱き上げると、寝台に寝かせ、自身もそこへ腰掛けた。上から見下されるかたちで、無惨さまが私に覆いかぶさる。
 そのまま無言で私達は見つめ合った。失った大切なものを補い合うように、ただじっと。

「……A」

 吐き出された言葉は苦しそうだった。私はかすれた声で、はい、と答えた。
 
 
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久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時

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