56 ページ8
*
指の先に紅をのせ、蕨姫の唇にのせる。紅なんて塗らなくとももともと艶めいて魅力的なそれが、赤く染まって、より一層見るものを妖しく蠱惑する。
遊郭とは、男の人をもてなす場だ。
自らの身体を使い、相手を癒やす。遊郭で働く女の人たちはみんな、自らの命を削って働いている。指の先まで品よく、いかに魅力的に見えるかを考え、たとえ身体を重ねている最中でさえ、己を俯瞰している。
すごいと思った。ただ純粋に、かっこいいと思った。
蕨姫はとてもかっこいい。そしてとても美しい。
見た目だけじゃない。その生きざまがとてもかっこいいのだ。魅力的なのだ。だから支えたいと思った、少しでも力になりたいと思ったーー
「ーー私が鬼だって知っていても、そんなこと言うのね」
紅を塗り終えた唇が、そう言葉を紡ぐ。
私の口に触れることに抵抗が無いのか、と聞かれ、返事をしがてら、私が遊郭に来て感じたことをつらつらと話したら、そう言われた。
「……私にとって、鬼であるかそうで無いかはあまり重要では無いんです」
蕨姫の瞳を見つめる。
「私は、もっとずっと違うものを見ている。私にとって大切なものは、鬼であるか人間であるかというものさしでははかれないんです」
だから、私は蕨姫を尊敬してます。
蕨姫は、ふっと視線をそらし、少しだけ恥ずかしそうに俯いた。
「……なんであのお方がアンタを側に置いたのか、少しだけ分かった気がする」
私は目を見開いた。
言葉に、ひりりと胸が疼く痛む。
私はえへへ、と笑ってみせると、指についた紅を布で拭った。
その夜、夢を見た。
なんだか懐かしい夢だ。
「……おい」
綺麗な顔の男の人……いや、無惨さま。無惨さまが少し眉を寄せて私を覗き込む。
「いつまでそのぼろ雑巾みたいな服を着ている」
言われて私はお気に入りの一着、もといぼろ雑巾を見下ろす。すんすん、と鼻を寄せ、うん、と一つ頷く。
「あと一週間くらいしたら洗濯するつもりです!」
呆れた顔を浮かべる無惨さま。
しかししばし顎に手を当てると、少し考えるような表現を浮かべる。そして私の身体をぺたぺたと触ると、どこかへ行ってしまった。
「……?」
その次の日のこと、私は無惨さまからはじめて服を頂いた。
朝、目が覚めると涙が出ていた。
涙とともに遠ざかる、大切な記憶。
繋ぎ止めていたくて、私はもう一度目を閉じた。
*
4205人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「鬼滅の刃」関連の作品
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時