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「……読めない、です」
私の声は低く暗く、ぺたりと畳に落ち広がるよう。枕元に置かれた本、異国語で書かれたそれらを、私は理解することが出来なかった。
どうやら私が忘れているのは、鬼舞辻無惨と名乗る美しい男の人のことと、それに加え、いくつかの異国の言葉であるようだ。
鬼舞辻さんいわく私は異国の言葉を使うことが出来るがために拾われたらしい。つまり異国語を忘れたいま、私はすっかり役立たずとなってしまったのだ。
最初こそひどく取り乱し、跡がつくほど私の二の腕を掴んできた鬼舞辻さんだけれど、今は冷静に私の状況を確認してくれている。
「何でも良い、近い記憶で思い出せることを言ってみろ」
言われるがまま私は目を伏せ、考えた。
ぐるりと巡る思考、ぽつりぽつりと雨が降るように脳裏に記憶が溢れる。
「知らない人に、突き落とされました」
真っ先に浮かんだのは、目玉の飛び出した鬼に突き落とされたのた記憶。しかし落ちている最中、どんなことを考えていたのかはさっぱり思い出せない。他の記憶も全てそう、薄っすらと枠組みは覚えているものの、肝心な感情や、名前が思い出せない。思い出そうとすると、頭がずきずきと痛む。
おそらくそれらの共通点は、鬼舞辻さんに関わる、ということ。
なんとか鬼舞辻さんへの繋がりは無いだろうか、と考えていると、ふと脳裏に過る名前があった。
「……猗窩座さん」
びくりと鬼舞辻さんの肩が揺れた。
「猗窩座さんや、鳴女さんのこと、覚えてます」
ーーその瞬間の鬼舞辻さんの瞳を、私はきっと、一生忘れない。
「……猗窩座」
静かな声で鬼舞辻さんが呼ぶと、部屋の隅に頭を垂れる青年が現れた。私は彼を知っている、彼は数日前私と西洋かるたを興じた猗窩座さんだ。
「コレはもう不要だ」
コレ、と言って私を指さす。私が目を見開くと、同じように驚いた顔の猗窩座さんと目があった。猗窩座さんは言葉を選んでいるうちに視線を下げ、静かに承知の旨を伝えた。
当然だ、と思う自分がいる。
これまでの私の存在意義は、それすらも忘れてしまったけれど、異国の言葉が読めるということだったのだから、それが無くなった今、私は捨てられて当然なのだ。
「……鬼舞辻さん」
私はその場で姿勢を正すと、私に背を向ける鬼舞辻さんへ頭を下げた。
「これまで大変お世話になりました。……忘れてしまって、ごめんなさい」
返事は、無かった。
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久遠(プロフ) - 本当に凄く素敵なお話でした。転生した先で2人が幸せであることを願います。転生した先でのお話も読みたいなぁという気持ちもあります。きりんの木さんの小説をまた読みたいのでpixivのアカウントをいつか絶対見つけたいです。教えてくださるのが1番助かりますがね笑 (6月28日 21時) (レス) id: d025dfcb18 (このIDを非表示/違反報告)
みずき(プロフ) - 素敵な話でした。どの目線から言うのかという感じですが、文章の書き方も素晴らしいかったです。無惨様への罰という形で終わりましたが、無惨様へ幸せを送る形で、新しい二人の話を読みたかったなと言う気持ちではあります。 (5月29日 23時) (レス) @page43 id: d9f5409103 (このIDを非表示/違反報告)
chiaki0708(プロフ) - ドキドキが止まらない素晴らしい作品でした!!!無惨様の好感度爆上がりです! (2021年12月14日 8時) (レス) @page43 id: 26a665cc7a (このIDを非表示/違反報告)
尊都(プロフ) - 約1年ぶりにお気に入りを探りこの小説を読み返しました。完結お疲れ様です。寂しいですが、2人らしい最期でした。悪役である無惨さまへの贈り物、素敵だと思います。素晴らしい作品をありがとうございました。 (2021年9月27日 3時) (レス) @page37 id: 6a52012404 (このIDを非表示/違反報告)
なあ - 素晴らしい作品でした。作品の中の無惨が生きているような感覚でした (2021年9月25日 2時) (レス) @page37 id: a69664b85d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きりんの木 | 作成日時:2020年1月25日 12時