霞草の花束を君に【silent】 (ページ9)

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藤井 A

〈萌、何て言ってた？〉
〈ごめん、って謝られた〉
〈そっか〉

戸川くんと解散して家に帰るなり、私は想に全てを話そうと思っていた。戸川くんと再会していたこと、古賀先生のフットサル場に顔を出したこと、今日も戸川くんに会っていたこと。何から話そうと悩んでいた矢先に、萌からの謝罪電話だった。

〈そういえばA、話したいことあるって言ってたよね。どうしたの？〉

想から話を切り出され、正座して彼の方に向き直った。改まった私の様子を見て、想も聞く態勢に入る。

〈私、実はちょっと前に戸川くんと再会したの。ひとりで飲みに行った日に〉

想は何も言わず、私の言葉に目を向けている。

〈その後、古賀先生のフットサル場にも誘われて行った。戸川くん、想のこと探してたから。古賀先生に何か聞き出そうとしてるんじゃないかって、不安になって止めに行こうと思って〉
〈うん〉
〈今日も、会って来た。本当に想の耳は聞こえないのか、って〉
〈何て言ったの？〉
〈想の周りは静かだ、って。そう言った。耳が聞こえない、だなんて、そんなドストレートな表現したら、戸川くん混乱すると思ったから〉
〈そっか……話してくれてありがとう〉

少し、想の顔が曇った。この話は、やはりするべきじゃなかったか。

〈戸川くんから、連絡きたんでしょ？〉
〈うん〉
〈返信した？〉
〈してない〉
〈何で？〉
〈湊斗に関わったところで、きっと傷付けるだけだと思う。困らせるだけだと思うから、返信しなかった〉
〈そっか。変なこと聞いてごめんね〉

謝れば、戸川くんとはまた違う柔らかな表情で、想は首を横に振る。

〈そういえば、奈々がAに会いたいって〉
〈奈々って、桃野奈々さん？想のお友達の。何で急に？〉
〈俺の一部だから〉
〈どういうこと？〉
〈Aがいたから、挫けずにここまで生きて来た。だからAは俺の一部みたいなものなんだよ、って。そしたら、会ってみたい、って奈々が〉

俺の一部。そうやって私のことを表現するのが、想らしいなって思ったり。幼なじみであり、恋人であり、想の一番の理解者でもある。自信を持ってそう言える。耳が聞こえなくなり始めてから、私ですらも避けようとしていた彼が、ろう者の友達に聴者である私を紹介しようとしている。今に始まったことではないんだろうけれど、想と分かり合えたことを実感することができた。