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佐倉 想
音声翻訳アプリを青羽の前に置いた。だけど、青羽は首を横に振って、それを俺に突き返してきた。何がしたいのかよく分からなかった。もう一度、青羽の前にスマートフォンを差し出してみても、同じだった。戸惑う俺はお構い無しに、青羽は自分の手を動かし始めた。
〈私の名前は、青羽紬です〉
手話はとても遅かった。普段使わない人が、短期間で頭に叩き込んだような、そんな印象だった。ワンテンポ反応に遅れてしまった俺に対し、不安そうな表情を見せる青羽。ふと笑みがこぼれた。青羽が言葉を投げかけてくるのであれば、俺もそれに答えようと思った。
〈私の名前は、佐倉想です〉
しっかり伝わるように、同じスピードで手を動かす。青羽は微笑んだ。自分の年齢、誕生日、家族構成。覚えた手話を得意げに披露してくる。全て、知っていることなのに。
覚えた手話を一通り使い切ったのか、青羽は俺に耳のことを聞いてきた。テーブルの上に置いていたスマートフォンを取り、文章を打ち込むと、それを青羽に見せる。
── 病気。高校卒業して聞こえにくくなって、３年くらい前にほとんど聞こえなくなった。
青羽は、自分の鞄からスマートフォンを取り出し、テーブルの上に置いた。画面に表示されていたのは、俺が使っている音声翻訳アプリだった。
── 最後に会った公園。あの家の近くの。あの時、そういうことだったのかなって。だったら謝んなきゃって。
大学進学してから、青羽と最後に交した会話。青羽は、その時の会話のことを言っているんだろう。
── その時、私知らなかったけど、でも嫌な思いさせちゃったって思って。電話したいとか……声が好きとか、そんな話ばっかりして。
青羽は勘違いしている。あの時、俺は１ミリの嫌悪感も持っていなかった。
── 嬉しかったよ。
── でも、好きな人できたってLINE……送ったでしょ。好きな人できたって。別れようって。
── 好きな人がいる、って送った。
キョトンとした顔の青羽に、指をさすもあまりピンときていないみたいで、再びスマートフォンに文字を打ち込んだ。
── 悲しませたくなかった。
青羽は両手で顔を覆った。そうやって泣くと思った。そう伝えれば、もう散々泣いたと言われてしまったけれど。今は、青羽を泣かせない優しい人が隣にいるらしい。
── 佐倉くんは？
── いるよ。支えてくれる、大切な人。
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作者名：澪 x他1人 | 作成日時：2022年12月19日 20時
