霞草の花束を君に【silent】 (ページ17)

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佐倉想

夕飯を食べ終えたAは、直ぐに眠りについてしまった。

“っ……ごめん”

聞こえない自分の声で呟いてみる。そっと頭を撫でれば、気持ちよさそうな表情で寝返りをするA。この８年間、俺のことを支えてくれて、ずっと味方でいてくれたというのに、８年振りに再会した元恋人を庇うような言い方をしてしまった。自分でもわからない。青羽が俺の前に現れてから、顔を合わせるたびに胸が苦しくなる。忘れたつもりでいたのに、俺は弱かった。彼女が寝るベッドに腰を掛けたまま、しばらくぼーっとしていると、ポケットの中のスマートフォンが震えた。

── 話したいことがあります

青羽からだ。もう、会う気はない。謝っといて、なんて言われたけど、あれはAの本心ではない。

── どうぞ

素っ気ない返事だとは思った。

── 会って話したい
── ここで話していいよ

一度きり、ってAと約束した。イヤホンも返した。手話が伝わらない相手に、直接会いに行く必要性が感じられなかった。

── 筆談だから会っても変わらない

Aを悲しませたくない。そして、自分が傷つくのが怖かった。高校の頃のように青羽と話せないこと、それを痛感してしまったから、わざわざ傷つきに青羽に会いに行こうなんて思えなかった。

── 顔見て話したい

その文面を見て、鼓動が強くなったような気がした。Aと付き合ってること、青羽にちゃんと話さなくちゃいけない。今俺が好きなのはAで、今俺を支えてくれているのはAだ。だから、Aのためにも会って話してこよう。……なんて、ただの綺麗事なのかもしれない。LINEで話せることではあったし、なんなら、連絡を絶って無視することだって出来たはず。それなのに、青羽からの最後の文面を見て、俺の心が多少動いてしまったのは事実だった。

── わかった。俺も青羽に話さなくちゃいけないことある

次の日、俺は青羽に会いに、イヤホンを返したカフェに足を運んだ。Aには何の報告もせずに。