霞草の花束を君に【silent】 (ページ14)

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佐倉想

── イヤホンを返したい

青羽と近くのカフェで会う約束をした。イヤホンを返すだけ。そう思っていたけれど、微笑んで俺に手を振る青羽を見て、苦しくなった。席に着くなり、青羽が口を開く。聞こえない。当たり前だけど、青羽の声は聞こえなかった。そそくさとメニュー表を開く彼女の前に、俺は今日の本来の目的であるイヤホンを差し出した。
“ありがとう”。聞こえなかったけど、多分そう言ったんだと思う。Aから言われた通り、イヤホンを返すだけ。でも、店から出ようと席から立った俺を、青羽の腕が制止した。悲しそうな笑顔を浮かべる彼女を、そのまま置き去りにすることなんてできなかった。

“待ってて”と、席に戻ると青羽はスマートフォンで何かを入力しようとし始めた。そんな青羽に、文字起こしのアプリを差し出す。

── 何これ？
── なるほど。
── あれね、文字にしてくれるやつ。

頷けば、青羽は俺のスマートフォンに顔を寄せて何かを話そうとしている。

── どうしよう。
── 何言いたいかわかんなくなっちゃった
── なんだっけ。ちょっと待って１回整理させて。
── えっ？これもう始まってんの？
── 恥ずかしい。ちょっと待って待って待って。

画面に表示される文字から、青羽のテンパった声が聞こえてくるような気がして、思わず笑みが溢れた。意識していたわけではないけれど、青羽と再会してから一度も笑えていなかったから。その瞬間に、少し壁が崩れた気がした。

── 元気だった？

頷けば、“良かった”と青羽は微笑んだ。

── 青羽も元気そうでよかった。
── うん、元気。Aは……元気？

青羽の口から、Aの名前が出てくるとは思わず、少し驚いた。いや、驚きすぎてその質問に答えられないくらいには驚いた。

── あの日、佐倉くんに会った日。
── あの後すぐ、偶然Aにも会ったんだけどさ
── まあ、偶然じゃないか。
── Aのこと怒らせちゃったみたいで、私が悪いんだけど
── ちゃんと会って話したいなって思ってる。Aの連絡先知ってるんだよね？

あの日、青羽と再会した日。彼女が分かりもしない手話でぶつけた想いを、Aに見られていたということを知って申し訳なさが募った。

── 自分勝手なのはわかってる。
── それでもまた、Aに会いたい。