第１章：本気で愛した彼は音のない世界で生きていた ページ1
藤井 A
こっ酷く叱られた。
そんな日はひとりでお酒を飲みに行く。これは、上司に叱られた日の私のルーティンだ。
── 今仕事終わった
── ちょっとひとりで飲んでくるね
トレンチコートのポケットからスマートフォンを取り出して、私の帰りを待つ彼にLINEを送る。相変わらず、既読が早い。
── お疲れ様
── わかった。あまり遅くならないでね
彼、佐倉想は私にあまり干渉しない。世の男性諸君は、みんなこうなのだろうか。普通、彼女がひとりで飲みに行くだなんて言ったら、引き止めるか一緒に行くという手段を取るのではないか。特に不満というわけではないけれど、毎度このルーティンの日は不思議に思うのだ。
今日はどの居酒屋に入ろうか。折角だから、一度も行ったことがない所にでも入ってみよう。オフィス街から抜け、飲み屋街を歩きながら辺りを見渡す。特に綺麗な感じもなく、ごくごく普通な居酒屋。今日はここにしよう。
「いらっしゃい！」
「すみません、一人なんですけど……」
「ご予約とかされてますか？」
「あーー、してないです」
「それだと今日はちょっと！予約で満席で……」
「そうですか。じゃあまた――」
今日が金曜日だということをすっかり忘れていた。それは入れないわけだ。店員さんに軽く会釈して店を出ようとした時だった。
「えっ、藤井じゃん！」
ガタッ、と椅子から立ち上がりこちらを指差すサラリーマン。周りのお客さんは、自分たちの話に夢中で変に目立つことはなかったけど、少し恥ずかしい。それより誰なんだ、と目を細めてみる。
「あっ」
よくよく見てみれば、懐かしい顔だった。高校時代、私がマネージャーをしていたサッカー部のプレイヤーたち。
「……藤井、」
そして、その中には私を複雑な表情で見つめる、かつて大好きだった人の姿があった。
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作者名：澪 x他1人 | 作成日時：2022年12月19日 20時
