依存病人【d!】 (ページ5)

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最後に電車に乗ったのはいつの事だったろうか。

電子端末に視線を落としたり、うつらうつらと船を漕いでいる人々を見まわす。
何処となく温かな車両内の雰囲気に、肩の力を抜いて深く椅子に座りなおす。

何だかこちらも眠気を誘われる。

そのまま微睡みの中に飛び込もうとした。

嗚呼、欲しいな。

今、何て言った?

そう言えば、最近行為を怠ってしまっていた。
つま先から脳裏に一瞬にして電流の様なものが駆け巡る。顔に温かな血が勢いよく上ってきて、頬が赤く染まる。

それは、固く締められた瓶の蓋を開けるのではなく、瓶を割って中身を無理やりに取り出そうとして、中の物が勢いよく飛び出る様な。

今、俺はどんな顔をしているんだろうか。

誰かの手から滑り落ちた電子端末が床に叩き付けられて鈍い音を出した。

そちらに視線を向けると周りの歪んだ青々とした視線が刺さる。足元がぐにゃりと歪んでマーブル状になっている。しかし、思考は暖かな羽毛に包まれているように心地よい。

抑えないと。

そんな理性の言葉は快楽の波にもまれて消えていった。

欲しい。

刺激が欲しい。

ふと冷水を頭からかけられた様に快楽の熱が冷めた。
先程の温かな陽だまりにいた気分は極寒の地のボロ小屋の中へと変わった。

嫌だ。

途端に底なしの寂しさが襲う。
もがいてももがいても足元から物々しい端の見えない大きな底なし沼へと沈んでいくのだ。薬の副作用の様に消えない症状が耐え難い苦痛であった。やんわりと自責の念が脳を霞めるがそんなものは抑制剤にもなり得やしなかった。

この欲はきっと治まることなどない。

これは、暴走などではない。脈を打つ人間の、個々としての生命の根源たる主張なのである。

男は崩れ落ちると床にひれ伏し一時静まると、突如根を引き千切るかのように床から手を引きはがすとその体を仰け反り、張り裂けんとばかりに開いた喉奥から慟哭を響かせた。