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「山下さん、おかえりなさい」
「っえ、と…ただいま」
お手洗いから戻ると彼らは先程渡していたマフィンを丁度食べていた。タイミングを間違えたと肩を落とすが、もう一度席を外すというわけにも行かず彼らの隣に座った。
「あの…どうかな」
「すごく美味しいです。励みになります」
筒井はそう言って目を細めて笑った。
あまりにもストレートに褒められ、頬がじわじわと熱くなるのを感じて下を向く。
加賀も「意外にまぁまぁ美味しいぜ、センパイ」と言って私の顔を覗き込んだ。
それに心臓が跳ね、思わず後ずさりした。
「あ、ありがとう…その、ヒカルくんは?」
「ん…美味いぜ」
そう言ってヒカルはそっぽを向いてマフィンをもう一口頬張る。私に本音を言うのが恥ずかしかったのか、髪の隙間から見える彼の耳が薄ピンク色に染まっていた。
「ヒカルくんがそう言ってくれるのが1番嬉しいかも」
「あ、そ」
ヒカルが美味しそうに食べてくれる度にジーンと喜びが胸に染み、作って良かったと思わせてくれた。
それを言葉にして彼に伝えたことが今更になって恥ずかしくなり熱くなった顔を手でぱたぱたと扇ぐ。
それを見た加賀はげっそりとした顔をして「甘ェ」と呟いた。
マフィンが甘すぎたのかと思い「ごめんね」と咄嗟に謝ると加賀は「違ぇよ、空気が」と言う。
予想外の返事に「え?」と間抜けな声を出して頭にはてなを浮かべた。
それを見た佐為は何故か顔を緩めていたので、こっそり「何笑ってるの」と声をかけると「いえ?」と曖昧な返事が返ってきた。
「加賀くん、勝ったの?」
「ああ、さて問題は筒井と進藤だな」
二回戦。一足先に加賀が勝利した。
まだ対局中の二人の盤上を加賀と一緒に覗き込む。私にはどちらが勝っているかはわからないが、彼らの後ろ姿に頑張れと心の中でエールを送る。
対局相手がヒカルのことを「話にならない」と揶揄したのでヒカルの方に目線を移す。
盤上を見た加賀がヒカルに「遊んでんのか?」と問うと彼は笑って「遊んでるよ」と答えた。
その言葉に加賀が言葉を詰まらせたが、ヒカルは続けて言う。
「俺は神様になるんだよ、この碁盤の上で」
ヒカルは碁盤を宇宙だと言った。星を一つ一つ増やすようにして宇宙を作っていくのだと。
その言葉に加賀と私は呆然とし、碁盤をじっと見つめる。何だかより囲碁が魅力的に感じた。
すると筒井が立ち上がり、部屋を出たことで現実に戻された。
それを見た加賀はヒカルに、この大会で優勝できなければ囲碁部は認めてもらえない、さらには将棋部の部員に筒井がただじゃおかないと言われているということを伝えた。
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作者名:ちゅぴ | 作成日時:2022年9月10日 2時