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「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。私も後で応援に行くから、頑張ってね」
私がそう言うとヒカルは「来なくていーよ」と言って玄関の扉を閉めた。
創立祭の日、対局に敗れたヒカルは加賀に中学生のフリをして囲碁大会の団体戦に出ることを命じられた。
今日がその日で、私は今彼らにあげるマフィンを作っている。
オーブンの中を覗き、生地が膨らんでいるのを確認する。甘い香りがキッチンを包み、それにつられておばさんやおじさんがこちらを覗きに来た。
「これヒカルに?」
「はい。おばさんやおじさんの分もあるので、良ければ毒見をお願いします」
「ははは、よろこんで」
出来上がったマフィンをおじさん達は「美味しい」と言って食べてくれた。それがとても嬉しくて、頬に熱がこもり口角が上がる。
早くヒカルに食べてもらいたい、そう思い胸が高鳴るのを感じながら急いで大会に向かう準備をした。
「あ、ヒカルくん!対局は?」
「今終わったとこ。来なくてもいいって言ったのに」
会場である海王中学校へ着き、ヒカルに声をかける。
「どうだった?」と聞くと、「俺は負けた」とヒカルは言う。
佐為が負けたんだ、と私が呟くと、ヒカルはすぐに否定し今日の大会は佐為の手を借りずに自分の手で打つのだと言った。
そんなヒカルの目はとても輝いていた。高揚を抑えきれない様子の彼に、何だかこちらもわくわくする。
「あれ、山下さん?」
「筒井くん!お疲れ様!」
「A、筒井さんのこと知ってるの?」
「うん、委員会で一緒になったことがあって。…どうだった?」
「勝ちました!加賀も勝ったからこれで勝ち進めるよ」
筒井の言葉を聞いてヒカルと私は思わず飛び跳ねて喜ぶ。
「すごい!おめでとう筒井くん!」と興奮が抑えられず彼に向けて両手を差し出すと、彼は少し照れたように笑って「ありがとうございます」とハイタッチをした。
ヒカルがそれを面白くなさそうに見ていたので慌てて彼の方にも手を伸ばす。
「ヒカルくんは負けたけどおめでとう」と言うと「負けたは余計だ」と不貞腐れた顔をして私と手を合わせた。
「余計じゃねーよ。何ださっきの試合」
「げ、加賀くん…」
思わずこぼれた私の言葉に彼は「げ、とは何だ」と言って持っていた扇子で私の頭を軽く叩いた。
一応先輩なんだけど、と彼に正面から言えない私は心の中で呟いた。
「…そうだ、これ。…えっと、マフィン焼いてきたんだ。その、頑張ってねって意味で」
そう言って彼らにマフィンを強引に渡す。
何だか恥ずかしくなって「味はたぶん大丈夫だから!」と言って逃げるようにトイレへ向かった。
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作者名:ちゅぴ | 作成日時:2022年9月10日 2時