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 さすがに同じ服で出勤はできないからと帰るために着直したスーツの内ポケットに手を入れた彼は思い出したように「ちょっと前に部署移動したばっかで名刺きらしてたんやった」と眉を下げる。あ、可愛い。ここにくる前にくらべて顔色はよくなったけどふらっと消えてしまいそうな儚さが怖くて細身のスーツから晒された骨張った手を握る。

「しっかりごはん食べてゆっくり休むんやで」


結局名前をおしえてもらうことはなく彼を見送った数時間後の翌18時、またしても会社のエントランスで彼に出会した。

「うちに清掃で入られてたんですね」

「はい。あ、でも勤務中にサボって居眠りしてたのが上司にバレて今日付けで解雇になったんで厳密にはちゃいますけど」

「それで生活に困るから俺を強請ろうと…?」

「チンピラか!たしかに俺は生活に困ってるけど…そんな風に見えてるなら心外やわ……」

「じゃあなんで」

「ん?」

「なんでついてくんねん……!」

「それは…おにいさんに聞きたいことがあって」

名前や連絡先は知らないけど会社に行けば会えるかもなんて淡い期待を抱いていた俺はバイトをクビになって、これで正真正銘もう二度と会うことはないと思っていたのに会えたから柄にもなく運命を感じちゃって──これを逃したらつぎはないと思い、あいさつもそこそこにやけにそそくさと帰ろうとする彼のあとについてきた。

まずは名前。それと年齢、それから趣味、特技。好きなものは何ですか、休日は何して過ごしてますか、俺にあなたは救えますか──

「痛っ……いきなり止まらんとって!?」

早歩きの彼の3歩後ろをぴったりくっついて歩いていた俺は突然立ち止まった彼の背中に急接近してブレーキが間に合わず衝突事故。

「あれ…ここ……」

「小瀧さん。あんた、俺に聞きたいことがいっぱいある言うてたよな。ええで。俺のこと教えたる──」

中間淳太、32歳。現在勤めている会社の親会社の社長子息で次期社長候補だったが、ただでさえ父親の猛反対を押し切ってした結婚だったのに妻の素行の悪さと浮気が原因で離婚することになり、それがきっかけで勘当されて今は母方の姓を名乗っている……バツ有りの独身。

「あらかた社内でみんながおもしろがってしてる噂話のとおりやけど……この異動は左遷とちゃう。土日祝休みで残業が少なく出張もなく定時が18時だったから自分で希望を出してん──あ、こっちこっち」

「ぱぱっ」

「俺、シングルファザーやからさ」

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作者名:26 | 作成日時:2022年10月21日 0時

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