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会社の給湯室で繰り広げられる下衆な悪口や噂話なんてマンガ・ドラマなどフィクションの世界だけの話だと思ってた。社長がどうとかイケメンだけど難ありだとかコブがなんだとか知らんけど早よそこ退いてくれへんな──先月頭に住むところを失ってはじめた警備のバイトは3日で飛んで工事現場は初日の20分で逃げ出したけど清掃員のバイトも続かなそうだな〜と給湯室から漏れ聞こえる下卑た笑いを聞きながら他人事のように思う。
「……くっだらね。ったく仕事しろよな。」
給湯室の清掃を諦めてハンディモップを片手にくるくるとオフィスのなかを探索中にみつけたいい感じに使われてなさそうな埃っぽい資料室で、廊下ですれちがった時にあいさつしたらおねえさんたちがくれたお茶とお菓子をいただいて絵に描いたようなサボタージュをしている俺が言えたことではないけど。
「んん〜…よお寝た……何時や…へっ、22時!?」
定時の18時までひと眠りするつもりが、ほとんどの部署が無人で、作業着のまま非常灯を頼りに大急ぎでエントランスに向かった。夜勤の守衛さんに遅くまでお疲れ様なんてサボって居眠りかましてただけなのに労いの言葉をかけられて苦笑いで外に出ようとした時だった。
「ちょっとアンタ大丈夫かい?」
「え、ああ…大丈夫です」
「足元もフラフラじゃないか。タクシー呼ぶか?」
「お気遣いありがとうございます、でも大丈夫。」
「そう……気をつけて帰るんだよ」
「はい。では、お先に失礼します」
情けなく眉を下げて心配そうな守衛さんに深々と一礼した男性はスタスタ歩き出すと俺にも会釈をして俺の横をスマートに通り過ぎていったけれど、守衛さんが心配するのもわかる。
「あの…ちょっと待って」
「えっ、」
「えっ!」
嫌な胸騒ぎがして力のない足取りで会社を出ていった彼を追いかけて咄嗟に腕を掴んだ。細過ぎた腕に戸惑っていると驚いた表情で振り向いた彼のおおきくて水分量の多い目と視線がかち合った。しかし、その目はすぐに伏せられてガクッとひざから崩れ落ちる彼の身体を反射的に抱き留める。
「ちょお…おにいさん…?おーい!」
「……」
オフィス街の通りでぽつんとスーツの男性を抱きしめる、どうみても男の俺。行き交うサラリーマンの視線が痛い。
「えぇ…嘘…やんな…」
ほんでこういう時に降ってくるよな、雨ってのは。
小瀧望 23歳、オフィス清掃員、さあ、どうする?
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作者名:26 | 作成日時:2022年10月21日 0時