【歌い手短編集】平成最後の夏は君と！ (ページ29)

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水槽漬けの君ページ29

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こんなに暗くても、プールの水面というものはそれなりに揺らぎが見えるのか。

月が映るような情緒は無いが、真っ暗な水の中に浮かぶまばらな灯りが風で生まれた波紋を映しているのは中々乙と言える。

それが涼し気と言えばそうなのだろう。恐らくそうなのだろうが、結局『気』なのだ。この真夏の夜のじっとりした暑さは気で紛れるほど生温くない。

肌に直接張りつくような湿り気を孕む熱気を吹き飛ばすように、彼女ははしゃいだ声を上げて飛び込んで行った。

勢いの良い水の跳ねが明日も着るであろう制服に飛んだ。それまで乾ききっていたプールサイドの地面を水飛沫が潤していく。

「……お前、誰か来たらどうすんだよ。音あんまり立てるな」

ざばん、という豪快な音を立てて浮き上がって来た彼女の長い黒髪はたっぷりと水を含んで重力に負けてしまっている。

「そらるくんも入ろーよ！きもちーよ！」

「お前と違って授業で入ってんだよ……お前も、入りたいならちゃんと学校来い」

隣の家に住む彼女が、学校のプールに入りたいと言ったのでチャリの後ろに乗っけて連れてきた。

本当は不法侵入だし見つかったら相当怒られるんだろうが、見つからなければいい話だ。珍しく外に出たいと言った彼女の望みくらいは、叶えてやってもいいかと、ただそう思ったのだ。

「やだよ、学校とか。嫌いなやつばっかだもん」

「俺がいるだろ」

「そらるくんとは、いつでも話せるし」

「傍に居てやるから、学校、来いよ」

「……私が傍に居たら、そらるくんがなんか言われるよ」

暗くてあまり彼女の顔が見えない。

俯いているのだろうか、まさか泣いてなんていないよな。

「一緒に卒業出来なくなるぞ」

「いいよ。日数足りなかったらやめるもん」

「そういう問題じゃないだろ」

「私さ、プールって結構好きなんだよね」

話を打ち切るようにして、水の中をゆっくり歩いて彼女はこちらに近付いてくる。

A、と咎めるようにその名前を呼んでも返事は返ってこなかった。

「プールとか、海とかも好きだよ。綺麗な海ね。このプールは黒いから今はそんなだけど」

「じゃあ昼間に入りに来れば」

「プールも海も、そらるくんの色だ」

はっとして彼女を見ても、表情が見えない

君の顔を見たいのに。君の顔を見て、君の心の中をどうやったって知りたいのに。

「私、死ぬならプールか海で死にたいな。だって、そらるくんの色だもん」