はたせない ページ37
「お前さぁ、風呂で寝るクセなおしたほうがいいよ」
水死体とか勘弁なんだけど、とぼやいて、サーシャは私の濡れた髪を、タオルでわしゃわしゃとかき乱す。風邪ひくからはやく拭けよ、とこちらを一瞥もせず、その姿はキッチンに消えていった。言われなくても。
とんとん、と丁寧に髪から水気をとっていると、サーシャはココアのはいったマグカップをふたつ握って戻ってくる。冷たいのが良かったなぁ、とぼやくと、ばぁか、と笑われてしまった。
「腹こわすだろーが。あついやつにしとけ」
「お風呂上がりなのにぃ」
「ほかほか湯気立てながら言えよな、そういうことは」
ごもっともで、熱気のネの字もまとわず上がってきた私の体は暖かい、とは言いづらい。足なんかもう冷えてしまっているし、反論の余地はなかった。ざんねん。
「そういえば、叶は?」
「外で水やりしてる。あ、お前は行くなよ、風邪ひくから」
「えぇー」
なんでぇ、と抗議してみても、サーシャは駄目の一点張りだ。ちらりと窓の外を見ると、星空が恐ろしいくらい綺麗に輝いていた。気温が低い証拠である。暦上はもう夏なんだけどなぁ、と、あたためられた部屋の中で思う。
「そういや、お前が飾ってるやつ、なんだっけ」
「ん?」
「花だよ、花。オレンジのやつ」
「サンダーソニアのこと?」
「そう、それ。叶が移し替えていいか悩んでたけど」
うつしかえ、と反芻して、あぁ、庭にってことか、と納得した。
リビングの隅に置かれた植木鉢にぽつんと咲いているその花は、たしかに、そろそろ狭そうにしている。それなりに大きな鉢を使ってるけど、やっぱり植物の成長は早い。
「全然いいよ?勝手に動かしてよかったのに」
「お前のだろうが、一応は」
それもそうだ。叶は気にしいなところがあるから、下手に動かせなかったのだろう。
「庭にちゃんと植え替えたらさー」
「なに」
「来年も咲いてくれるかな。一年だけじゃさみしいよね」
鉢植えだと、球根でも一年だけのものになりやすいと聞いたことがある。それを考えると、やっぱり庭に移した方がいいだろう。それなりに珍しい花だし、次いつ球根を手に入れられるかわからないし。
「来年も見たいなぁ。せっかくだし」
サーシャは私の言葉に、枯らさない限りは見れるだろ、と呆れたため息を着く。それもそうだ。ちゃんとお世話しよ。
けれども結局、それが翌年も花をつけたのか、私は結局知らないままだった。
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凡(プロフ) - はじめまして!!この作品が大好きで何度も何度も読み返しています。これからも活動応援しています! (2021年8月19日 16時) (レス) id: b829afb215 (このIDを非表示/違反報告)
莉紬(プロフ) - りあさん» 嬉しいお言葉をありがとうございます。細かいところまで気にしていただいて、丁寧にかいた甲斐がありました。ぜひ、今後もお付き合い頂けますと幸いです。 (2021年6月30日 13時) (レス) id: 99f03ec5b8 (このIDを非表示/違反報告)
りあ - 一気読みしました、、、!とても好きです…!作中にサンダーソニアが出てきたときは思わず声を出してしまいました…!! (2021年6月29日 18時) (レス) id: d04a74515a (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - 神さん» とても嬉しいコメントありがとうございます。そう言って頂けますととても励みになります。ぜひ、最後までお付き合い頂けますと幸いです。 (2021年5月11日 22時) (レス) id: 99f03ec5b8 (このIDを非表示/違反報告)
神(プロフ) - はじめまして。数日前にこの小説を見かけ、読ませていただいたところ本当に面白くて一気に読んでしまいました。差し出がましくて申し訳ないですが、これからも更新を応援しております。 (2021年5月11日 21時) (レス) id: bf2877755d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:律 | 作成日時:2021年5月5日 0時