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「はぁ、はぁ…はぁ…っはぁ……」
過去一の全速疾走と言ってもいいだろう。Aは後ろに誰もいないことを確かめようやく詰めていた息を吐き出す。心臓はこれでもかと早く脈動し脚はガクガクと痙攣していた。隠れた路地裏のゴミ箱の影にズルズルと座り込み膝に顔を埋める…もうしばらくは一歩も動けそうにない
「(全部、消せなかった…)」
酒に酔った大人たちが蔓延る夜の街に自分の息遣いなんて毛ほどの興味も持たれることはないだろう。しかし先程まで置かれていた環境を思うと息苦しくてもなるべく声を潜め身を小さくさせる。震えているのは脚だけではない…悲しいかな、全身に鳥肌を残し抑えられない恐怖で震えが止まらない
誰かに売られる所だった
知らない気持ち悪い声
己を蹂躙せんと高ぶる感情
耳にこびりつく気持ち悪い笑い声の数々
「…っ……はぁ、はぁ…」
＿＿もう警戒する必要はない、こっちにこい
脳裏に最後にみた男の顔が甦る
必死にこちらにそう言い真っ直ぐ見つめてきたぼさぼさ頭の小汚い男
あいつの中の自分に関する記憶を消しきれなかった
それだけじゃない。あそこにいた何人が自分を視認していたか分かったもんじゃない
そんな把握する時間全くなかった
かと言ってあのまま被害者として身を任せるのもよろしくなかった
警察の世話になるわけにはいかない
普段の自分のやっていることは明るみになる可能性は低くとも
自分の存在が認識されるのは後々厄介になる
…それにあの人に誤解される
＿＿＿俺から離れられると思ってんのか！
「…思ってない」
頭の中に男の声が響く
＿＿＿誰がここまで育ててやったと思ってんだ！
「…分かってる」
＿＿お前は俺の言う通りにして金稼いでればいいんだよっ！その為に生まれたんだからなぁ！！
「…っ、！」
ギリギリと身体を抱きしめてこれでもかと身を縮こまらせる。このまま小さくなって誰の目にも見えなくなって消えてしまえばいいのに…
逆らえずされるがままで
身も心も真っ黒でボロボロで
汚くて生きる価値もないような自分が
みっともなくて大嫌いだ
「…こっちって、どっちだよ…」
どこにいれば正しくて
どこに行けばいいのか
Aは分からない
自分に選べるとも思っていない
「このまま、闇に溶けて消えれたらいいのに…」
震える身体はきっとそれを望んでいない
けど、心の声は嘘ではなかった
．
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作者名：みけいぬこ
| 作成日時：2022年3月7日 15時
