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カチャ、という静かな音と共に、私はナイフとフォークを置く。
「ご馳走様でした。……あと、手もありがとうございます」
私の指の手当が終わったあとも傍に居続けていたメイドにそう微笑むと、彼女はぺこりと頭を下げた。
少しのブレもない整った動作は、彼女の仕事への熱意の証。
「いえ。それが私たちの仕事ですので。……A様はこれからどちらへ?」
「そう、ですね……特に予定もないですし、読書でもしようかなと」
「かしこまりました。でしたら、後ほどお部屋に紅茶をーー」
「お持ちします」と、彼女が言い終わるか否か。
その語尾に重ねるように、食堂に響いた乾いたノック音。
その音がした方向ーー入口のドアに、私とメイドは揃って視線を投げた。
「はい。どうぞ」
ドアの向こうにも声が届くよう、少しだけ声を張って入室を促すと、キィ、という音と共にゆっくりとドアが開く。
開けたそこに居たのは、三つ編みお下げの小柄な女の子だった。
(確か、先月ここに来たばかりの……)
そう、新人メイド。
仕事に慣れたばかりで緊張しているのか、少しおどおどした様子は、隣にいるメイドとは正反対で。
なんだか少しだけ、可愛らしい。
「し、失礼します……!え、と、A様に、お客様でござい、ます」
「お客様……? どなたですか?」
「お客様」という単語に反応して席を立つと、傍にいるメイドが、脱いでいたカーディガンを差し出してくれる。
それを受け取って袖を通した私に、新人メイドはどこか遠慮がちに口を開いた。
小さくて薄い唇が、言葉を紡ぐ。
「あ、えっと、隣国の……赤の国の王子様、で、ございます」
「え!?」
鼓膜に届いたその名前ーーというよりも代名詞に、つい声が跳ね上がった。
「ひゃいっ!」と、目の前でおさげをぴょこんと揺らして驚いた新人メイドに、さらに問掛ける。
「赤の王子はどちらに?」
「お、応接間の方でお待ち頂いております!」
「分かりました。……すみません、私、行ってきます」
上着のことに頭を下げながらそう告げると、メイドは涼やかな笑顔で微笑む。
「かしこまりました。でしたら、紅茶は応接間の方にお運び致しますね」
「はい。ありがとうございます」
丁寧に腰を折るメイド達を横目に、私は食堂の入口へ。
焦るのは良くないけれど、つい心が急いてしまう。
(どうして急に、彼が……)
とにかく、待たせないようにしないと。
食堂のドアを開け、私は早足で廊下へ飛び出した。
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over the rain - 新作おめでとうございます!文才がメッチャあって、さらに設定もメッチャ上手で、最高です!応援してます! (2019年12月26日 8時) (レス) id: a4bab14be1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:星奈 ふゆ | 作成日時:2019年12月25日 16時