検索窓
今日:9 hit、昨日:0 hit、合計:19,964 hit

ページ4

「A様、そのお手は?」

「えっ、……あ」


人気のない食堂での朝食中。

ナイフを握る手に再び滲み出した赤色に、傍に居たメイドが気付いた。

食事前に手を洗ったことで、どうやら傷口が開いてしまっていたらしい。
傷口は浅いはずなのに、じわじわと滲む血はそこそこの量だ。


「ちょっと、薔薇園の手入れ中に……棘で」


苦笑いと共に返した返事に、メイドはどこかムッとした表情になって。


「お怪我をなさったのなら、すぐに申し上げてくださいとあれほど……」


まるで母親のような、心配の混ざった声色で叱られて、私の心に申し訳なさが小さじ一杯。

目の前で「失礼します」と頭を下げたメイドは、給仕服のスカートをひらりと舞わせて食堂を出て行く。

多分救急箱を取りに行ってくれたのだろう。

私はそっとナイフを置き、宙を見つめた。


(……静か……)


数週間前まで、この時間の食堂にはもう少し人が居た。

お父様と、お母様と、お兄様と。
そのお付の執事やメイド。

もう少し会話のある、多少なりとも賑やかな朝食だった……のだけれど。

最近のお父様とお母様、そしてお兄様は多忙に多忙を重ね、朝食の席を共にすることがめっきりなくなってしまった。

この国の政治を担う存在である両親や兄が忙しい時は、大抵は国絡みの仕事が積み重なっている時だ。

王族とは言えども、まだ成人していない私は、国政の深いところに関わることは認められていない。

その事は重々承知しているつもり……なのだが。
正直、疎外感を感じているのも事実で。


(お兄様とは、2歳しか変わらないのになぁ)


成人済みの兄は、既に国政に足を踏み込んでいる。

お兄様がいいのなら私もいいじゃないか。
そんな我儘を一体何度飲み込んだだろう。

無意識に回数を数え始めてしまって、つい溜め息が零れた。


「どうされましたか? 溜め息だなんて」

「あ……いえ、ちょっと」


いつの間にか食堂に帰ってきていたメイドが、入口付近で救急箱を手に首を傾げていた。

曖昧な言葉で場を濁すと、メイドは不思議そうにしながらも傍に寄り、救急箱をテーブルの上に。
「お手を」とだけ言い、救急箱から道具を取り出し始めるメイドの前に、私はおずおずと手を差し出した。


「小さな傷でも、膿んでしまうと大変なことになってしまいますよ。……もっと御身を大切になさってください」


慣れた手つきで指を消毒するメイド。
ちりちりとした痛みに乗せて、私は「はい」と小さく呟いた。

*→←1.隣の国の幼馴染



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 10.0/10 (69 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
276人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

over the rain - 新作おめでとうございます!文才がメッチャあって、さらに設定もメッチャ上手で、最高です!応援してます! (2019年12月26日 8時) (レス) id: a4bab14be1 (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:星奈 ふゆ | 作成日時:2019年12月25日 16時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。