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「A様、そのお手は?」
「えっ、……あ」
人気のない食堂での朝食中。
ナイフを握る手に再び滲み出した赤色に、傍に居たメイドが気付いた。
食事前に手を洗ったことで、どうやら傷口が開いてしまっていたらしい。
傷口は浅いはずなのに、じわじわと滲む血はそこそこの量だ。
「ちょっと、薔薇園の手入れ中に……棘で」
苦笑いと共に返した返事に、メイドはどこかムッとした表情になって。
「お怪我をなさったのなら、すぐに申し上げてくださいとあれほど……」
まるで母親のような、心配の混ざった声色で叱られて、私の心に申し訳なさが小さじ一杯。
目の前で「失礼します」と頭を下げたメイドは、給仕服のスカートをひらりと舞わせて食堂を出て行く。
多分救急箱を取りに行ってくれたのだろう。
私はそっとナイフを置き、宙を見つめた。
(……静か……)
数週間前まで、この時間の食堂にはもう少し人が居た。
お父様と、お母様と、お兄様と。
そのお付の執事やメイド。
もう少し会話のある、多少なりとも賑やかな朝食だった……のだけれど。
最近のお父様とお母様、そしてお兄様は多忙に多忙を重ね、朝食の席を共にすることがめっきりなくなってしまった。
この国の政治を担う存在である両親や兄が忙しい時は、大抵は国絡みの仕事が積み重なっている時だ。
王族とは言えども、まだ成人していない私は、国政の深いところに関わることは認められていない。
その事は重々承知しているつもり……なのだが。
正直、疎外感を感じているのも事実で。
(お兄様とは、2歳しか変わらないのになぁ)
成人済みの兄は、既に国政に足を踏み込んでいる。
お兄様がいいのなら私もいいじゃないか。
そんな我儘を一体何度飲み込んだだろう。
無意識に回数を数え始めてしまって、つい溜め息が零れた。
「どうされましたか? 溜め息だなんて」
「あ……いえ、ちょっと」
いつの間にか食堂に帰ってきていたメイドが、入口付近で救急箱を手に首を傾げていた。
曖昧な言葉で場を濁すと、メイドは不思議そうにしながらも傍に寄り、救急箱をテーブルの上に。
「お手を」とだけ言い、救急箱から道具を取り出し始めるメイドの前に、私はおずおずと手を差し出した。
「小さな傷でも、膿んでしまうと大変なことになってしまいますよ。……もっと御身を大切になさってください」
慣れた手つきで指を消毒するメイド。
ちりちりとした痛みに乗せて、私は「はい」と小さく呟いた。
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over the rain - 新作おめでとうございます!文才がメッチャあって、さらに設定もメッチャ上手で、最高です!応援してます! (2019年12月26日 8時) (レス) id: a4bab14be1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:星奈 ふゆ | 作成日時:2019年12月25日 16時