拾弐／約束の大樹 ページ42
どっと全身に疲労が襲いかかってくる。
村の空き家、案内された座敷の中、私は大きな息を吐き出しながら入り口付近に崩れ落ちてしまった。
「つ、かれた……」
これまで、そしてこの瞬間。
感じたことは沢山あったけれど、結局のところそれしか言葉にならない。
焼き払わんばかりの勢いで迫るお屋敷の炎。
乱暴に牙を剥く、見通しの悪い森の中。
背後から襲いかかる追っ手の圧力。
疲労に重ね塗りされる、恐怖と緊張と罪悪感と。
一体、この感情を総じてなんといえばいいのか。
とにかく、今の私の身体は完全に疲労しきっていた。
重たい身体を引き摺り、座敷の中へ。
少し古めかしい畳の香りが鼻を刺す。
「……っ、ぅ……」
一瞬、座敷牢の真新しい畳が脳裏を過る。
足首に絡みついていた無機質な重さも、思考さえ奪う冷たい闇も、忘れることなんてとても出来そうにない。
ひゅう、と乾いた息が喉を通り抜けて、嫌な汗が滲むーーけど。
(だいじょうぶ……ひとりじゃない。もう、ひとりじゃない)
同時に甦った、炎の中の面影に。
四人の、みんなの、優しい微笑みに。
苦しかった息が、すうっと落ち着きを取り戻した。
大丈夫。
今は、今だけは、みんながいるのだから。
(……変なの)
畳の匂いがきっかけだったとはいえ、どうして急に思い出してしまったのだろう。
やっと落ち着く場所に来ることが出来て、安心してしまったのだろうか。
……いや、ここも決して、完璧に安全なわけではない。
追っ手が来ることだって考えられる。
それに、胸の中に巣食う罪悪感が消えたわけでもないのに。
ーーのに。
どんなに住み慣れたお城よりも、栄えた城下町よりも。
一週間しかいなかったこの村の方が。
人の少ない、静かなこの村の方が。
(落ち着く……)
不思議と、落ち着いてしまうのだ。
「……あ」
安堵に似たため息を吐いた時、その瞬間。
ーー私は、外の「それ」に目を奪われた。
(桜……)
青空と雲の対比の下、緑の草原の上。
立派で雄大な茶色の幹が伸びた先に、美しく儚い桃色の花が咲き誇っている。
幼い頃に焼き付いた景色と、あまりにも、同じ。
(そういえば、私……)
ふと、あることを思い出して徐ろに立ち上がり、急ぎ足で空き家を飛び出る。
一瞬ふらりと足元が覚束なくなるけど、気にしない。
私は、あの場所に行かないといけない。
行けば、掴めるかもしれないのだ。
ーー私が失った、「やくそく」の欠片を。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 598人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「歌い手」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ちょこ - 更新が止まってます！戻ってきてください！続き楽しみに待ってます！ (2020年7月11日 23時) (
レス) id: 5ad0b4ef6a (このIDを非表示/違反報告)
あういえお - ぐへへ...((え、すげー...みんな言葉使いが...おしとやか...(?) (2019年7月25日 14時) (レス) id: 473868f78a (このIDを非表示/違反報告)
もうふ - きゃぁぁぁぁ(( 好き。(笑) (2019年7月23日 22時) (レス) id: bc132d7752 (このIDを非表示/違反報告)
狐 - 続きがきになる・・・更新頑張ってください！ (2019年7月22日 20時) (レス) id: 7ea13ff707 (このIDを非表示/違反報告)
あいうえお - すんばらしい！更新頑張ってくださいねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ！ (2019年7月22日 14時) (レス) id: 473868f78a (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：星奈 ふゆ | 作成日時：2019年7月21日 16時
