我に帰れ ページ5
．研磨視点
Aはおれのまえでしか泣けない。
｢くすん｣
おれのひざの上にのって、かれこれ30分くらい泣き続けている彼女の背中をさする。Aと知り合ったのは中学二年生のときで、器用で面倒見が良くてちょっとあほにみえるけど底が知れないっていうのが第一印象だった。こんな不器用でおれにべったりなんて思わないでしょふつうは。
何も言わずに泣く。鼻をすする音と嗚咽しか聞こえない。ふだんうるさいけど、Aの鳴き方はとても静かだった。
｢ねえ｣
おれの声で顔をあげたAの、涙で髪が張り付いている顔とか、赤い耳や目や鼻とか、珍しくさがったまゆげとか、ああほんとにおれのまえでしか泣けないんだなっていう情けない表情とか。Aとセンパイについておれが知ってるのはほんのわずかで、Aを大切にしなかったセンパイに非があると思うけど、多分Aが泣いているのはセンパイに優しく/特別扱いを/大切に･されなかったからなんだろうな。
｢もう、どく｣
｢もうすこしくらいいてもいいけど｣
｢研磨がつぶれる｣
｢そんな軟弱じゃない｣
ふふ、と鼻声で濡れた顔のままAがわらう。いつもはぎゃははとかわははとかあははとかははーとか少し落ち着きのなくて目立った笑い方しかしないのに、泣いてるときは素っ気なくて大人しくてお淑やかな･･そう、言葉にするならオヒメサマ、かな。
こんなときにいうのもなんだけど、静かなAはますますナセににている。おれはべつに、ナセと似ているからAを慰めてるわけじゃないけど。
｢研磨はやさしすぎる｣
｢おれはAのこと大切にしたいよ｣
大切じゃなかったらひざのうえに座らせることもないし、そもそも慰めないし泣いたらほうっておく。やさしいんじゃなくておまえだけ特別扱いしてんの、と言外に含めたが気がついてるかはわからない。変なとこニブいから、Aは。
｢ありがとう｣
へにゃ、とわらった。めずらしい笑い方。ガチャで神引きしたときの気持ち。
ぱちんという音が響く。終了の合図、暗黙の了解。Aはもそもそと俺のひざから降りて、荷物をまとめ始めた。切り替えが早すぎて心配になるけど、余計なせわ、なのかな。
おれは世話されるほうだからわからない。クロにもAにもいつも誰かに面倒を見てもらっているという自覚くらいはある。
クロをまねて撫でてみたけど、Aの髪がくしゃくしゃになった。
｢へたっぴ｣
赤い目や鼻や耳、それから鼻声。どう見ても泣いたあとなのにへにゃ、と再度笑った。次クロにあったら、頭の撫で方を習おうと思う。
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作者名：そあ | 作成日時：2023年12月10日 22時
