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「で、そっちを右です」
「右ね」
会社への距離が近づいていくにつれて、私の心臓の音もバクバクとうるさくなる。
それを見兼ねた二宮さんが、「Aちゃん、」と私の名前を呼んだ。
「俺がついてるから」
「二宮さん、アイドルなんだからバレたら、」
「そんなこと関係ない。…いや、関係あるかも」
くふ、とまた甘い笑顔。
どこかでまた、どき、と聞こえた気がした。
‐
会社へ着いたとき、私は心臓がバクバク言っていて、車を降りるのも精一杯。
二宮さんも、私の部署がある3階までは着いてきてくれるらしい。
「…ふう、」
「怖い？」
「そりゃあ、とてつもなく」
部署へ着いた。
廊下ですれ違った人達はみんな、私に冷たい目を向けて。
「あと一分。それだけでいいから、頑張れ」
辞める、って、言ってきな。
肩をぽんぽん、と優しく叩いてくれた二宮さんの言葉を信じて、部署へと入った。
『お前、何遅れてんだ！！それでも社会人か！！』
「すみません、」
部長を前にすると、何も言えなくなる。
後ろからは冷やかな視線が感じられて、
声帯が取り除かれたように、声が出なくなった。
「この子、辞めますから」
肩に腕が回されたかと思えば、横からは二宮さんの高い声が聞こえて。
緊張と、恐怖のせいで動かない足を見て、二宮さんは「Aちゃん、動ける？」と私の目を見た。
「荷物は処分していいですから、」
「あっ、待って、私のこんぶちゃん、」
意外と高かったぬいぐるみ、それを見ると、心が落ち着いて、仕事を頑張れたのに。
こんぶちゃんがないと、私、
「買ってあげる。早く行くよ」
ガクガク、と震える足に力を入れて、エレベーターまで歩く。
「怖かったね」と、楽しそうに笑う二宮さんに、ちょっとだけ。
どき、と胸が高鳴った。
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作者名：あんさ | 作成日時：2020年6月12日 17時
