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1歩も動くことの出来ない私の耳元で、
顔を寄せた亜嵐が、
小さく囁いた。
亜「これ以上俺に近づいたら襲うよ？」
「襲っ………」
思考が止まった私を見て、
亜嵐がすくすくと苦笑しながら
近づけた顔を離した。
亜「分かっただろ、俺には近づかないほうがいいって」
薄暗い部屋に響く亜嵐の声が、
私の心をどうしようもないくらい
かき乱していく。
なんで……？
自分のことを汚いと言って
私へ迫るくせに、
亜嵐の瞳は寂しそうに見えるよ。
1歩も動かず、
ぎゅっと唇を結ぶ私を見て、
亜嵐があきれたように
首を傾げた。
亜「まだ分かんない？だから俺は……」
「わかんないよっ」
つい亜嵐へ、叫んでしまった。
「だって亜嵐は、あの時、
私の事を助けてくれたよねっ？」
亜「あの時……？」
「そう、私がメガネを落とした時、
亜嵐が拾ってくれたよねっ？
『大丈夫？』って声かけてくれたでしょう？」
知り合いでもなんでもない私のことなんて、
見過ごすことだって
出来たはずだ。
なのに亜嵐は、
メガネを拾って、
私に声をかけてくれた。
第1校舎の生徒とは
関わり合いたくないって、
言ったのに。
あの時の亜嵐は
『襲う』なんて
言うような人には
思えなかった。
『気をつけたほうがいい。危ないから』
って、
優しい声で囁いてくれたよね？
転んだ私のことを
起こしてくれたよね………？
だから分からない。
今の亜嵐が本当の亜嵐なの……？
見えない心の奥を探るように
見つめている私を見て、
ふっと小さく亜嵐が
息を吐いた。
亜「あの日、俺は君を……」
「あのっ、私は『君』じゃなくてAだからっ」
亜「わかった。じゃ、………A」
初めて亜嵐が
私の名前を声にした瞬間、
信じられないくらい
心臓が跳ねた。
ただ名前を呼ばれただけなのに。
亜「あの時は、たまたま通りかかっただけ。
………別に助けようと思ったわけじゃない」
「たまたま……？」
頭上で響く亜嵐の声は、
時々スローになって、
私に言い聞かせているように聞こえる。
亜「Aは、俺のこと良い奴だって思ってんの？」
一段と低くなった亜嵐の声に
ぐっと息を呑んで
見上げる。
亜「俺は、お金のためならなんでもやる男だから」
「えっ、お、金……？」
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作者名：ゆーか
| 作成日時：2018年1月16日 21時
