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花瓶を手に
病室を出た。
そして手洗い場へ向かうと、
花瓶の中の水を捨てる。
「これでいいかな……」
新しい水と入れ替えてから、
病室へ歩き出した、
その時。
「きゃっ」
廊下をすれ違う誰かと、
花瓶が触れてしまった。
私の手から離れた花瓶が、
音を立てて廊下に転がる。
落ちた花瓶は
運良く割れずに済んだけれど、
白い床一面に撒かれた水は
どうしようもなかった。
ぶつかったのは、
花瓶で視界がふさがっていた
私のせいだ。
「ご、ごめんなさいっ。
廊下は私が拭きますから……」
落ちた花瓶を拾おうとした時だった。
？「俺も悪かった、ごめん」
私よりも先に、
その人の手が花瓶へ伸びた。
「えっ」
その低い声を聞いた瞬間。
私の心臓は、
まるで記憶を持っているみたいに
激しく鳴りだす。
花瓶を拾った彼は、
上体を起こすと同時に、
その瞳を大きく開いた。
……まさか、
こんなの。
夢じゃないよね。
お互い、一歩も動くことができない。
そのうち、
相手の表情が
しだいに険しくなっていった。
どうして彼がここにいるのか。
「……亜嵐くん？」
その名前が
廊下に響くと、
亜嵐くんの表情は
ますます曇っていく。
「亜嵐くん………だよね………？」
聞くのが怖かった。
亜嵐くんに、
全身で拒絶されているのが分かったから。
それでも第三校舎で
亜嵐くんの顔は、
はっきり見ているし、
ちゃんと覚えている。
「あのっ……」
どうしていいのか分からない。
呆然としていると、
そっと私へ花瓶を手渡した
亜嵐くん。
亜「……ここは俺が拭いとくから」
「えっ」
そして亜嵐くんが、
手に持っていたバッグの中から
タオルを取り出した。
亜「だからもう、行っていい」
そう言って屈んでから、
タオルで濡れた床を拭く。
「だけど、亜嵐……」
亜「いいから、本当に」
一瞬にして
言葉を被されてしまった。
黙々と手を動かす亜嵐くんに
『早くここから立ち去れ』
と、言われているみたいだった。
亜「滑るし危ないだろ？」
「あ………うん」
返事をしながらも
浮かんでくる疑問。
どうして亜嵐くんが
病院に、いるの……？
気になって仕方がないのに
何も言えない。
「ごめんなさい」
一言謝って頭を下げると、
私は花瓶に水を注いで
花を元通りに直してから、
亜嵐くんに背を向けた。
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作者名：ゆーか
| 作成日時：2018年1月16日 21時
