桜前線 1【GO】 (ページ9)

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「俺も聴きたいです」
「何弾こうかな」
「Aさんの一番好きな曲で」
「わかった」

グランドピアノの椅子に腰掛けると、ピアノ越しに神童くんの目が見えた。視線が合う。なんだか緊張するな。一番好きな曲か、なんだろう。気づけば指が動いていた。イ短調。4分の3拍子。壮大な愛を詰め込んで、それは行き場がなくて、その奥深くに憂いがあるようなイメージ。この曲を弾く度、心に響いて泣きそうになる。情緒溢れる曲だ。

「指ちっちゃくなったから、上手く弾けなかったかも」
「すごく上手で綺麗でした。何という曲なんですか？」
「"愛の悲しみ"。クライスラーという人が作った曲なの」
「素敵です」

右隣に神童くんが来て、立ったまま鍵盤に指を置いた。微笑んでこちらを見ている。

「いつか連弾したいですね」
「いいね」

それから、鍵盤の上にフェルトの布を置き、指を挟まないように気をつけながらゆっくりと大屋根を閉じた。部屋のドアを開けて去る前に、一言挨拶した。

「今日はありがとう。それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」