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「ぅ、……ん、っ」

 キスが下手、鼻呼吸が下手、声を我慢するのも下手。あらゆる動作が、初々しいつたなさ。
 
 小鳥の啄みのような初心者向けのものではない自覚はある。しかし欲求に制された本能は恐ろしく、先程の言葉通り手加減なんてしてやれない。

 口内の酸素を一分子も残させないつもりで仕掛けたキスで案の定身体も声もひくつかせているので、まだ舌を入れる以上の大したことなんてしてないのにとろとろにふやけた唇を、大袈裟に水音を立てて解放して一旦様子を俯瞰した。


「……ーー、っはぁ、さ、……」

 まろやかな曲線を描く胸元は荒くなった呼吸でぴくぴくと上下している。涙が流れる手前の眦を親指でつつつとなぞると、反射的に瞬いたから溢れた。


 右の耳朶に一度。そこを開始起点とするように頬、首筋、鎖骨──鼻筋を摺り寄せては唇を落とし、吸い付くような肌感に目を細めて。鎖骨の下、双丘の間を唇で撫でると思惑通り、小動物のように肩を竦めて小さく啼いた。

 陽炎のように揺らめいている、熱を秘めた瞳の奥。


「はは……えっろ、」

 悪い子。


 濡れきった半開きの唇で苦しげに呼気を震わせて、


「……っさと、る」


 乞うように、縋るように名前を呼ぶから。




「……乱暴したくなる」
 

 絡めていた右側の手同士と離していた左側同士を一際強く握りなおして、再度重ねた。
 
 キス といえば唇と唇をくっつける"だけ"だと認識してそうなそっちには悪いが。……
 
 数度は確かめるような程度のものを続け、内耳で響く(こま)い嬌声にも意識を置きながら、いよいよ壁を舌で優しくこじ開けて進入した。


「ん、ぅ……っ! は、……や、ぁ」
 
 行き場を失った舌を引っ捕まえてほぼ無理矢理に絡ませる。認識はやっぱりあの程度だったようで、全身の輪郭が感電したように波打った。ぐずぐずに蕩けた内部をこれでもかと融かしてゆく。

 舌先から登って腔内へ広がる、酒気の混じった濃いチョコレートの風味。一瞬で脳髄をふやかされるような感覚に、背筋に緊張が走った。



「……A、」

 とうとう漏れてしまった、願望。今日の引き時が訪れつつある。

 互いの呼気と向こうの唇を慈しみ合う濡れた音だけに耳を侵食されていくうちに、随分と前から身体の最奥で膨らんでいた劣情の熱に思考は限界寸前だった。が、



 
 時間切れだ、と、耐えきれず決壊した泣き声にそれが熱を逃がして鎮静したのは数秒後。


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作成日時:2020年12月30日 22時

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