我が恋よ、散ることなかれ【浦島坂田船】 (ページ34)

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「来てしまった……。」

　見世の奥、夜に使う座敷とは違う花魁専用の私室。部屋の襖には百合の花が描かれている。流石No. 1というかなんというか……豪華さが違う。
　布団を一旦置き、襖の前で正座する。ふう、と一息はいて声を出した。

「羅里花魁、いらっしゃいますか？」

「……どなたでありんすか。」

　襖越しに声が聞こえた。静かな柔らかい声色。

「先日新しく若衆として見世に入りました、Aと申します。替えの布団をお持ちしました。」

「A……ああ、あの女の子の若衆さんかえ。お入りなんし。」

「失礼いたします。」

　すーっと襖を開けて一礼。
　部屋には爽やかな柑橘計の香りのする香が焚き付けられていた。ぴよぴよと小鳥の鳴く声。昼見世時(どき)の仲ノ町の喧騒。耳に入ってくるそれらの音に緊張の解かれた心持ちの中でゆっくりと顔をあげて彼を見た。

(わ……。)

　綺麗な人だと思った。

　丸格子の窓からさしこむ光に照される黄金の髪はキラキラときらめき、伏せられた目は憂いを帯びている。ピンと背筋の通った姿勢のまま、彼は文机に向かって筆を走らせている。
　彼はなかなか入ってこない私に気づいたのか顔を上げて私を見た。蜂蜜のような瞳がキョトンとした表情と共に向けられる。

「あら、お若い若衆さんじゃな……。入らんのかえ？」

「っあ、失礼します！」

　声をかけられてはっと我に返った。どうやら見惚れてしまっていたらしい。布団を持ち上げて部屋に足を踏み入れる。
　「どこに置きましょうか？」と聞けば押し入れに入れるように言われる。指示に従って仕舞う間、何故かずっと視線を感じる。

「……あの、何か御用でしょうか？」

　襖を閉めて振り返ると彼は文机に頬杖をついて此方を見ていた。品定めするような、そんな瞳。でも私が振り向いたのを見ると一瞬でそれは柔らかいものへと変わる。

「いえ、なんでもありんせんよ。」

「……そうですか。」

　笑みを浮かべている彼と、愛想笑いで対応する私。

　気まずい。さっきの目が気になりすぎるのだけどなんなんだろうあれかなどう喰ってやろうかみたいなあれかなそんなわけないよね！？

　心の中での荒ぶりを顔に出さないようにしつつ、横歩きで出口の襖に近づく。

「あ、そうだ。お主、一つ頼まれてはくれぬかえ？」

「え、いいですけど……。」

「紫里にここに来るように伝えておくんなし。」

「紫里花魁ですね？分かりました。」

「よろしく頼んます。」

　一礼して部屋を出て襖を後ろ手に閉めた。

「……なんか苦手だ……美人怖い……。」