我が恋よ、散ることなかれ【浦島坂田船】 (ページ20)

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「これ、紫里花魁の座敷に。」

「分かりました！」

　そう渡されたのはお酒だった。なんでも彼の今日のお客さんはお酒に強い方らしく、彼自身もお酒が強いためいつも以上に飲むのだという。そろそろなくなる頃だから、という彼の勘は今までの経験からなのだろう。
　私が見世を走り回っている間に四人の花魁道中は終わったらしく、彼らの部屋では宴会のように楽器や話し声が聞こえている。

「失礼します、お酒の替えをお持ちしました。」

　襖越しにそう呼び掛ければ、すっと襖が開いて彼の新造が顔を出した。私を見た瞬間に一瞬嫌そうな顔をしたものの、廊下を歩く客を見てその表情を一瞬で隠した。……いやなんでも嫌そうな顔されるんですか私。何もしてませんって。

「茜、どうしんした？」

「あ、兄さん……。いえ、若衆さんがお酒の替えを届けてくれんして。」

「そうかぇ、受け取っておくんなし。」

　中から彼の声が聞こえる。新造ははい、とそれに答えると黙って私から酒を取り、空になったらしい酒の瓶を私に渡して襖を閉めてしまった。
　茜さん、と言うのか。あの新造さんは。見たところ私と同じくらいの歳だろう。

「……はぁ、なんで嫌われてんのかねぇ……。まあ、十中八九、花魁方と彼方さん関係だろうけど。」

　ここで若衆として暮らしていく以上、彼女たちとのいざこざは解消しておいた方がだろうけどなぁ……。
　とにかく次の仕事だ。瓶を持って立ち上がり、急ぎ足で厨へと戻った。

　そろそろ、夜の時間が始まる頃だ。と言っても花魁方とは違い、他の傾城たちは客を迎え入れてから宴会などはしない。ほとんどの場合が、客を料理を食べてからだったり、すぐだったりで、客の要望によって変わるらしい。
　そのため、料理や酒を運んでいる間に廻し部屋などの前を通れば、自然と情事の声が耳に入ってくるわけで。

　しかし、そろそろ花魁たちの客も宴会をやめ、料理を下げてそっちに進む頃だ。私達若衆は宴会の片付けをする。
　花魁は自分の部屋ともうひとつ、客と枕を共にするための部屋を持つ。先程の宴会会場はこの見世の中にいくつかある、宴会専用の部屋だ。若衆たちがその会場を片付けているうちに、花魁と客は花魁のもうひとつの部屋に移動する。そして、事が始まるのだ。

(きっと彼も今ごろ。)

　一夜限りの、恋人ごっこの始まったところだろう。