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口紅を落とした後は、何事も無かったかのように雑談をする。
昨日のテレビの話、もうすぐ始まるテストの話。小一時間ほど話し込むと、先生は必ず“そろそろ暗くなるし帰りぃや”と私を部屋から追い出す。
まだ話し足りないけど、いいの。私を思って帰してくれてるんだから、その気持ちが嬉しいの。
「じゃあね先生、また明日！」
「……はいはい」
ほら、今だって手を振り返してくれる。そういう所、大好き。
これを言っても流されるんだろうけど。
(あ、でも今日は昨日より20分も長く話せた)
こんな些細なことで喜ぶ私はやっぱり子供。20代後半の先生とは釣り合わない、分かってはいるけれど。
……そんな簡単に諦めのつく気持ちじゃないの、これ。
昇降口で靴を履き替え、外に出る。沈んでいく夕日を見て、私は目を細めた。
……夕日は、嫌いだ。子供は家に帰らないと行けないから。大人である先生と、別れないといけないから。
そう考えていると辛くなってきて、きゅ、と鞄の紐を握り締めながら校門の方に歩いていくと。
「あれ、Aやん。まだ残ってたん？」
「……志麻」
校門の向こう側で携帯を片手に目を見開く相手に、“先生のところ行ってたから”と目を逸らす。
中学からの腐れ縁で、かれこれ5年も同じクラスの志麻。去年まではよく話していたが、私は最近こいつを避けている。
なぜなら、私と先生の関係を唯一知っている人だから。
「……は？また行ってたん？」
──そして、私達の関係をよく思っていないから。
眉間に皺を寄せ、声色も若干低くなった彼に私は思わず一歩下がる。でも負けない。
「なに、行っちゃ駄目なの」
「駄目っていうか、この前も俺止めたやん。あいつは……」
「うるさい、分かってて行ってるからいいの」
「……っ、そんなん続けてたらいつかA壊れるって！それでもええの！？」
声を荒らげてそう言った彼は、本気で私を心配しているみたい。
……分かってる、志麻が私達の邪魔をしたい訳ではないって。分かってるよ、でも。
「……いいの、それでも。壊れるって分かってても……私は先生のこと、好きだから」
そんな私の言葉を聞いて固まった志麻の横を通り抜け、私は小走りで学校の外まで出た。涼しい風が頬を撫でる。
(……ごめんね、志麻)
私は、もう……止まれないから。止めても、無駄だよ。
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