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「……先生、見てくれてた?私のジュリエット」
──劇が終わり、衣装を脱いで、化粧も落として。制服になった私は、化学準備室へ向かった。化学準備室周辺には何もないから、まだまだ文化祭の最中だと言うのに辺りは静かだ。
どうせここに居るんだろう、そんな私の予想は見事に当たって。何もせずに天井を仰いでいた先生は私の方を見て“見てたで”と微笑んだ。
「なんか、Aって感じのジュリエットやったな」
「褒めてる?それ」
「んー、どうやろうね」
“褒めてるってことにしといてぇや”とくすくす笑う先生に私は少しイラッとして、背中を軽く叩く。
いったいなぁ!と背中をさする先生に笑えば、先生もまた笑う。
……嗚呼、幸せだ。今、すごく幸せ。この幸せがずっと続いてほしい。
でも、それは無理な話。
「……ここに来るのも、今日で最後だから」
「……うん」
「だから……お願い、先生」
“キスして、今すぐに”
いつかの日みたいに先生の膝を跨いで、肩に手を置いて。目をまっすぐ見つめて、私はそう言った。
「……来世で、なんて言うてたのにな?」
「言ったけど……でも、それまで待てるように心の拠り所が欲しいの」
ぎゅ、と先生の肩に置いた手に力が入る。
来世で、なんて……本当に綺麗事。物語でしか成り立たない。現実は、そんなに甘くないから。
先生が私以外の人に心を惹かれることがあるかもしれない。私だって、可能性はゼロじゃない。もしかしたら先生以外の人を好きになるかもしれない。
──だから、この心が揺らがないように……誓いの口づけを交わしましょう。
どちらからともなく重なった唇。離れてはくっついて、また離れて。お互いの熱が分からなくなった頃、ようやく唇が離れた。
息を切らしながらも、私は先生に“誓ったんだからね”と抱きついた。
「……他の人のところ、行かないでね」
「分かってる。……Aも、俺のことだけ考えててな」
背中に回ってきた先生の大きな手に、私は抑えていた涙が出そうになる。先生から体を離し、左手で涙を拭う。
泣かない。泣くもんか。……今耐えたら、ハッピーエンドが待ってるんだから。
「……じゃあ、私……もう行くから」
これ以上ここに居たら、きっともう離れられなくなりそうだから。くるりと扉の方へ体を向けて、私は先生の方を振り向かずに廊下へ駆け出した。
「───さよなら、先生」
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