* ページ1
.
午後4時。終業のチャイムが鳴る。
帰宅する生徒や、部活に向かう生徒。忙しそうに書類を持って歩いている先生。そんな人達を掻き分け、私は“いつもの場所”へ小走りで向かう。
(髪も整えたし、口紅も塗ったし……よし)
教室前廊下とは打って変わって人気のないこの場所、化学実験室。走ってきたせいで乱れた息を整えて、私は勢いよく扉を開けた。
「せんせーやっほー!」
「……うげ、また来たん?暇人やなぁ……」
手元にある小難しそうな本から目を離し、呆れた様な顔でそう言った彼……センラ先生に私は顔がほころぶ。
嫌そうな顔をしながら声は優しい所とか、私の相手をするために作業を中断してくれる所とか。
……嗚呼、今日も好き。きっと明日も明後日も、好き。
「……てか、また口紅塗ってるやん……校則違反って何回言ったら分かるん?」
化粧品も没収、と寄越せと言わんばかりにこちらに差し出した手を握って、私は頬を膨らませる。
「もう放課後だしいいじゃん、先生のために塗ってるんだし!」
「駄目なもんは駄目」
「けちー!」
化学教師であり、風紀担当のセンラ先生はこういうのに厳しい。それを知っていながらも口紅は毎日塗る。香水もふる。
単に、自分を飾りたいだけでやっているんじゃない。こうやって校則違反をすれば、先生は必ず“あれ”をしてくれるから。
「……先生、今日はしないの?」
「はぁ……何か、そう言われるとはめられたみたいで嫌なんやけど」
“お望みなら、その口紅取ったるわ”いつの間にか私の腰元に添えていた左手を引き寄せ、私と先生の距離がぐっと縮まる。
そしてそのまま、私の唇と、先生の唇が重なった。
……これはキスじゃない、生徒指導。口紅を落としているだけ。だから校則違反じゃないの。……なんて、自分に言い聞かせて。
言い聞かせているのはきっと先生も同じ。だから、
「先生、好きだよ」
「……はいはい」
先生は一度も、私のことを好きだと言ってくれない。
.
35人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「歌い手」関連の作品
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ