君がため (ページ5)

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眠っていたわけではないが、目を閉じていたら目的地のひとつ前の駅名が聞こえてきて、唐突に私は目を開ける。

目の前に広がる駅の景色は、廃れてる、という印象。

この辺り一帯はどこもこんなようなもので、実家の最寄りである次駅はここよりもさらに何もない。

到着し駅の地に足を踏み入れれば、相変わらず何も変わっていない故郷に安堵していた。

土曜日の昼過ぎ、起床した私は都心からおよそ1時間かけて、ここに戻ってきた。
逃げるようにして、晴れ渡る生まれ故郷の空の下へと。

駅から歩いて5分もしないうちに自分の家が見えてきた。戻って来るのは半年ぶり。白の外壁に深いピンクの屋根。

眺めながら眩しい陽射しが目に飛び込んで、同時にフリージアの清々しい香りが鼻孔をくすぐる。

「ただいま」

花が並ぶ店先に入って、ぽつりと呟くと見慣れた顔と目が合った。

「あ！A！」

その顔の横で、慣れ親しんだように私を呼ぶこの人は、高橋海人。

「帰ってくるなんて店長から聞いてないよ」

驚いた顔のままそう言う海人もこの町と同様に変わっていなくて。

「あれ？山岸？」

そんな海人をよそに私は永瀬さんを見ていた。

「永瀬さん…こんにちは」

「ここ、おまえんち？」

目をまん丸にしている永瀬さんに、ぎこちなく笑って、はい、と答えた。

「フラワーYAMA…山岸…わからんわ」

永瀬さんは吹き出すようにして笑った。
確かに分かりづらい。
私の家が営む「フラワーYAMA」は、苗字である"山岸"から"山"を取っただけだから。

「A、廉のこと知ってたっけ？」

海人は私と永瀬さんの間をなぞるようにして交互に見ている。

「一緒の会社で、永瀬さんは私の先輩」

「は？聞いてない」

「言っても分かんないと思ったんだもん」

この店でアルバイトとして働いている海人。

"廉"

そう呼んでいた。
彼も彼で永瀬さんとは親しいらしい。

「俺ここの常連やからさ。海人にはいつも世話になってる」

いつもの永瀬さんも落ち着いているが、今日の永瀬さんはそれ以上に落ち着いて見える。

「そうなんですね…いつから通われてるんですか？」

「えっと……高校生やな」

「すみません。知りませんでした」

「いや、俺も知らんかったし。俺この店ほんまに好きで、まさか山岸が娘さんやったとはなあ」

砕けたように笑う永瀬さんが胸に抱えているのは、ヒヤシンス。

それは、青く、凛々しく存在していた。

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