君がため (ページ14)

今日:1 hit、昨日:1 hit、合計:5,208 hit

_ ページ14

.

おはじきを机に並べ、まだ幼い弟はそれをじゃらじゃらと弄っている。

「1がさんこと、1がにこ」

「合わせると？」

「さん、に？……5」

「ピンポンピンポン。さすが俺の弟や」

部活から帰ってきた俺は、小学1年生の弟、蒼(そう)の宿題を見ていた。

疲れてはいるが、7歳の蒼を相手にしている間は何も考えずにいられるから、俺にとって癒やしの時間でもある。

「なあ。れんはさっかーせんしゅになりたいん？」

「サッカー選手か。どうやろう」

「いつもれんしゅうしとるやん。なりたいからやるんやろ」

「蒼はなにになりたいん？」

「さっかーせんしゅやで」

「お。かっこええな、楽しみやなあ」

「れんもなって、きょうだいそろってゆうめいじんや」

「ははは。兄ちゃんも練習がんばるわ」

蒼のように、想い描く夢は何でも容易く、その通りになると信じていた時期が自分にもあったなと懐かしくなった。

実はその夢はそう上手くは行かないらしい、と蒼が気付くことになるのは、まだ何年も先のことになるだろう。誰でも通る道だ。

ふと、瀬川を思い出した。

今日俺は彼女に、

「この間脚を引き摺ってたのは疲労で少し痛めたから」

と報告をしに行った。

心配をしてくれていたのだから、それを伝える義務があると考えて。
しかし実際には彼女に近付きたい、という大きな願望を抱いて実行したことだった。

彼女は、ぼんやりと俺の顔を見て、思い出したかのように

「あ～！そうなんだ。お医者さんには？」

笑って聞いてきた。

「行った。やっぱ放置はいかんと思って」

「そうだね、変だと思ったらすぐに行った方がいい」

「ありがとな」

伝えたら、ニコリとして、「うん」と彼女は言った。

話を続けようと、つい彼女の話題に変えようとしたが、やめた。

知りあって間もないのだ。
そんな相手に、急に自分の大切なものについて触れられるのはなんとなく卑しいことではないかと思ったから。

彼女の指を見た。
白くて細くて長い、しなやかでどこか品を感じる。
そんな指だと思った。

見ていると、なぜか胸が苦しくなった。

「永瀬くん？」

自分の名をはじめて呼ばれた、とその時俺は気付けなかった。

へ？と我にかえり、「どうしたの？」と尋ねられ、「なんでもない」と返事をして自分の席に戻っていた。

あのとき彼女は、しっかりと俺の名を呼んだ。
それに気づいたのは、その後まもなく始まる英語の授業の最中だった。

.