スパイダー【ars M.A】 (ページ20)

今日:8 hit、昨日:4 hit、合計:312,101 hit

ニ←12.24 ページ20

12月24日は、少しどんよりとした曇り空だった。

カズくんから届いた『たんおめ』ってLINEに『略しすぎじゃない？』なんて返しながら、家を出る。
自転車に跨ると、こないだの二人乗りを思い出した。

あの坂道で加速する。
初めて出会った時より、ずっとずっと冷たくなった風に耳が痛くなる。
だけど、頬は熱くて何か顔がチグハグ。

「.....あ」

先生んちからは、『別れの曲』が聴こえて来た。
庭を覗くと、カーテンの向こうで先生がピアノを弾いている。

13時。
先生が、こっちを見た。
笑ったその目が少しだけ悲しそうに見えたのは、気のせいだったら良いなと思う。

玄関に回ると、先生が出て来ていつもと同じように「こんにちは」って迎えてくれる。
俺も、いつもと同じように「こんにちは」って挨拶をする。

そしていつもと同じようにリビングに入って、いつもと同じようにレッスンが始まる。

カノンはもう、ほぼ弾けるようになった。

「うん、良い感じ！」
「上手になったでしょ？」
「上手くなったね！」

パチパチパチーって拍手してくれる。

「あのね、先生」
「ん？」
「ちょっと聴いて貰いたいんだけど、良い？」
「え...？なになに？」

俺は、両手を組みパキパキッと鳴らして指を解した。
これが良いのか悪いのかは分かんないけど、俺はこれしたら指が動きやすくなる気がしてる。
なんだっけ、ルーティン？

鍵盤を叩いた瞬間、先生から「え...」と声が零れた。
それだけで、なんかもう満足してしまいそう。

スパルタでカズくんにレッスンされたノクターン。
もしかしたら、カノンよりも練習で弾いた回数は多いかもしんない。

ミスタッチもしたし、テンポも安定しなかったけど、どうにか最後まで弾き終えるとハァァ...って大きな息が漏れた。
自分でも気付かなかったけど、ピアノ弾いてる時は上手く息が出来てなかったみたい。

「雅紀くん...え、何で？」
「先生をビックリさせたかったの」
「え...いつの間にこんな...」
「前に話した幼馴染に教えて貰った」
「.....」
「先生、ショパンが好きって言ってたから」

先生は頷いて

「うん...好き...」

やっぱり悲しそうに笑った。

好きなのはショパン。分かってんのに。
先生の「好き」は、胸が苦しい。

「ねぇ、先生。ビックリした？」
「ビックリしたよ！」
「やったね！」
「じゃあ...、今度は私が」

先生が俺と入れ替わってピアノの前に座り

弾いてくれたのは、『Happy Birthday To You』だった。