Clear‐Crane‐Crime 8th【ars M.A】 (ページ9)

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254.拒否。ページ9

「Aちゃんホントにだいじょぶなの？」

智さんが、雅紀くんに訊いて

「泣いてる」

また私を見た。

「Aちゃんは俺が連れて帰るから、おーちゃんは心配しないで？」

雅紀くんが私の手を取って、「じゃあ、俺達行くね」と空いてる方の手を挙げた。

「おう、じゃあな」
「A、月曜になっても体調戻らないようだったら連絡しろよ？」

櫻井さんに言われて「月曜はちゃんと出社します」と応えると、「飲み過ぎで欠勤は社会人失格だもんな」と意地悪な微笑み。

「雅紀帰ったら、DJ無し？」
「潤くんがやるらしいよ」
「マジか！」
「かなりレアよ」

櫻井さんと二宮さんが楽しそうに喋りながらMIYABIへ戻って行く中、智さんだけ何も言わず暫く私達を見て

ふ、っと口角を上げると「バイバイ」って手を振って背中を向けた。

「帰ろうか」
「...うん」

手を繋いだまま、その手を離す事は無く雅紀くんの家まで帰る。

お互い、お風呂に入って

寝室のベッドに並んで腰掛けて

だけど、どちらからもあの人の話は出て来なくて

ただ、雅紀くんは私をギュ...っと抱き締めた。

止まったと思ってた涙はまだ残ってたみたいで、何だか分からないけど次々と頬を伝って行く。

「...Aちゃん」

雅紀くんの唇が、瞼に触れる。

頬に触れる。

涙を、舌が掬って

涙の跡にまた、唇が触れる。

その唇が、自分の唇に触れる寸前

私は雅紀くんの胸を、軽く押し返してしまった。

初めて、彼を拒否してしまった自分に驚いて

だけど、どうしようも無くて

そうしてしまった理由も、よく分かんなくて

焦りにも似た想いで、彼を見上げた。

「...あの...」
「...今日は、もう寝よっか」

だけど優しく微笑んだ雅紀くんは、私をベッドに寝かせ後ろから抱き締めてくれた。

きっと一晩中、彼は私を抱き締めてくれてた。

朝、起きた時

寝た時と体勢は全く変わって無くって

ただ、首筋に当たる雅紀くんの息は、彼が寝てる時のあの愛おしい規則正しい寝息じゃ無くて。

寝てないんだ...と、すぐに分かった。

一晩中起きて、何を考えていたの...？

私を抱き締めて、誰の事を考えていたの...？

...私はきっと、雅紀くんにもう一度「信じてて」って言って欲しかったんだ。

「...ごめんね...」

私が起きてるとは知らない雅紀くんが、小さな小さな声でそう呟いた。

私に何を謝ってるの？

心の奥が痛くて痛くて、目をギュウ...と強く瞑った。