Clear‐Crane‐Crime 8th【ars M.A】 (ページ35)

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280.宙ぶらりん。ページ35

───宙ぶらりんは、残酷だ───

櫻井さんの言葉が頭の中で何度も何度も繰り返される。

智さんと会社で会う事が無かった、その帰り道。

確かにちゃんと返事をしていないのは、智さんを宙ぶらりんの状態にしてる。

だけど...もしかすると私も雅紀くんも宙ぶらりんなのかもしれない。

結局、私は雅紀くんに自分の気持ちとか全然話してないし

雅紀くんの話を聞いてもない。

そもそも、雅紀くんは私に話すつもりがあるのかどうかも分からない。

「.....ハァ...」

溜息が漏れた。

こんな時に智さんに「溜息は心の健康の為に吐き出した方が良い」って言われた事を思い出して、余計にしんどくなる。

...伊織さんの事も、雅紀くんはどう想ってるんだろう...。
特別な人だったのは間違いないし、もしかすると私は彼女を超えられるような存在では無いのかもしれない。

最寄り駅に着くと、どこかに伊織さんが居るんじゃないかってキョロキョロしてしまって

軽くトラウマじゃん...って、ちょっと笑う。

家までの道、やっぱり雅紀くんちの近くを通るのが怖くて遠回りして帰った。

それでもどこかで、偶然雅紀くんに会えないかな...なんて思ってて

昨日智さんにあんな事言われたところなのに、私の頭の中は雅紀くんの事ばっかりで

何だか自分がものすごく自分勝手な人間に感じた。

家に帰り、自分の部屋に入ると強烈な倦怠感。

そりゃそうか...昨日ろくに寝てないんだった。
コートもストールもそのままでベッドに倒れ込み、目を閉じる。

眠たくはない。
ただただ、身体がだるい。

いっそ、のび太みたいにすぐ寝れたら楽なのに。

「お風呂入ろ...」

ノソノソと起き上がり、ストールを取って床にポイ。
コートを脱いで、床にポイ。
普段なら、皺になる！ってすぐにハンガーに掛けるのに、そんなのどーでも良いって思ってしまう程。

その時、スマホの振動音がして思わず動きが止まった。

「.....」

ブーブーと響く音は、鳴り止まない。

LINEじゃない。
着信だ。

一気に心臓が痛くなって、手が震える。

鞄の中からスマホを出す。

液晶には、雅紀くんの名前。

まだ震えてる指で、電話に出ると

「.....Aちゃん？」

あの、掠れた雅紀くんの声がして

「...もしもし、俺。雅紀、です...」
「.....うん」
「...うん」

手の震えは止まらない。

ベッドの下に正座して、両手でスマホを握り締めた。