Clear‐Crane‐Crime 8th【ars M.A】 (ページ19)

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264.自転車。ページ19

智さんと会社を出て、地下の駐車場まで行く。

その端に駐輪場もあってそこに智さんの愛車が停めてある。
カゴも荷台もついてる、スタンダードなママチャリ。

「可愛い！」

だけど、それは綺麗な空色。

「黒かったんだけど飽きちゃって。スプレーで塗った」
「服は黒が好きなのに？」
「なんか黒いチャリ、重そうでしょ？」

鍵を外す、カチャンと軽快な音。

「これだと飛べそう」
「飛ぶ？」

「気分だけね」って笑いながら輪止めから自転車を出して、引きながら歩く智さんの横を歩く。

地上に出ると風が冷たかった。

「うしろ、乗る？」
「え...でも」
「あ、2人乗りは交通法違反ですよ！とか言う？」
「おまわりさんに見付かったら怒られちゃいますよ？」

学生時代、何度も怒られた。
そこの2人乗り、降りなさーい！って。

「だいじょぶ。怒られる前に素早く降りたら良いんだよ」
「フフッ、そんなんで良いんですか？」
「いーのいーの！」

自転車をまたいだ智さんが、私の腕を引っ張った。

「乗って？」
「...はい」

自転車の2人乗りなんて、何だか懐かしい気分になって

スカートだった私は荷台に横乗りした。

手をどうしよう...と思ってると「ちゃんと乗った？」って訊かれて「はい」と智さんの上着の背中を遠慮がちに握る。

「そんなんじゃあ落ちるよ？」
「えっ？」

前から伸びてきた智さんの手が私の腕を掴んで

そのまんま、彼の腰に巻き付けるようにした。

「行くよ？しゅっぱーつ」

自転車が動き出す。

細くてどちらかと言えば女の子みたいだなと思ってたのに、智さんの腰は骨張っていて男らしくて

少しドキリとした。

ちょっと不安定な自転車の荷台。
やっぱり懐かしい。

おまわりさん居ないかな...？ってキョロキョロしちゃうのも、懐かしい。

「おれんちの近くにある店で良い？」
「はい、どこでも」
「魚が美味いの」
「あっ！前に仰ってたお店ですね！」

信号が赤になる。
自転車が止まる。

「もう会社じゃないんだから、そんな堅い言葉遣いしないでよ」

智さんが道路を走る車を眺めながら言った。
振り向かない彼のほっぺただけが、見える。

信号が青になる。
自転車が進む。

冷たい風が頬を撫でる。
智さんの上着から、柔らかい香りが流てくる。

ふと、雅紀くんの事を思い出して

ギリリ...と痛くなった胸を、服の上からグッと押さえた。