Clear‐Crane‐Crime 8th【ars M.A】 (ページ16)

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261.無理問答。ページ16

電車が駅に入り、乗客がたくさん降りて来た。

私はその人の流れに紛れるようにして、彼女が立ってる前を俯きながら通り過ぎる。

彼女がここで何をしてるかは知らない。
だけど一応、顔を知ってる人。
だから目が合ったら会釈位はするべきなんだろうけど、私にはそんな余裕無いからもう顔を上げない事を決めた。

なのに、彼女の待ち人が自分だったなんて。

「あの、すみません！」

その声は、あの日『まー君』と言ったあの声で

聴こえてない振りをしようと思ったのに、私の足はピタリと止まってしまった。

「...Aさん...ですよね...？」
「......」
「少しだけ、お時間良いですか？」

振り返ると、やっぱり彼女は綺麗で。
放っておくと消えちゃいそうな雰囲気を纏っていて。

怖い、と思った。

「時間...？」
「Aさんに、お話があって」
「私に...ですか、何でしょう...」
「ここでは話し辛いので、...あ、あのファミレスってまだあるのかな...」

何かを思い出すように話す伊織さんに、胸の奥が重くなる。

「ファミレスならすぐそこにあります。そこで良いですか？」

私がそう言うと、彼女はニッコリ微笑み頷いた。

雅紀くんとも来た事のあるファミレスに私は彼の元カノと一緒に入り、お腹減ってたはずなのに食べる物を頼む気になんかなれずコーヒーを頼んだ。
伊織さんも同じようにコーヒーを頼み、窓の外を見て「懐かしい...」と呟いた。

すぐに運ばれて来たコーヒーにお砂糖を入れながら、チラリと彼女を見る。

「あの...」

私の呼び掛けに、伊織さんは大きな目をこちらに向けた。

「どうして私の名前...」
「この間のミヤビナイトの時に、潤くんが『Aさん』って呼んでたから」
「......」
「ニノくんは違う呼び方だったけど...フフッ、まだあの子勝手にあだ名付けて呼んでるんだね」

彼女から出て来る色んなワードが、全部、今の私の周りにある名詞ばかりで

この人は、本当に雅紀くんの側に居た人なんだ...と実感させられる。

「...ここに私が住んでるのは、どうして」
「一度、アナタとまー君がMIYABIから出て来たのを見掛けた事があって」
「......」
「Aさんは、まー君の彼女？」
「...え？」

無理問答のように、会話が噛み合わない。

「彼女なのかなぁ...って思ったらどうしても気になって」

伊織さんが、悲しそうに笑う。

「...気付いたらアナタと同じ電車に乗っちゃってて...」

ごめんなさい、って彼女は頭を下げた。