Clear‐Crane‐Crime 7th【ars M.A】 (ページ10)

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220.選びたい。ページ10

「予約したの遅かったみたいでさぁ」

ほら、今日って花火でしょ？って言いながら部屋のドアを開けた雅紀くんが振り返る。

「そーゆー日って、良い部屋から埋まっちゃうんだよ。だから、普通の部屋しか取れなくって」
「普通...」

もう、この現状が私にとっては『普通』じゃ無さ過ぎて。
何が普通なんだか分かんなくなった。

何かふらふらしながら部屋に入る。

カラカラと音を立ててた下駄は、絨毯の上で静かになった。

「必要な物は、きっとアメニティで揃うと思うんだけど...」
「......」
「足りない物があったら、コンビニ行こ？」
「...雅紀くん」
「ん？...あっ、下着？それなら近くにドンキあったと思うんだよね、俺が選んであげよっか！」

何か目をキラキラさせちゃってる雅紀くんが、向かい合わせで私の腰を抱く。

「もう、そうじゃなくって」
「違うの？」
「あー...下着は買いに行くけど、そうじゃなくって」
「俺が選んで良い？」
「フフッ、だから今はその話じゃなくって！」

クスクス笑い合う。

「ありがとう」
「え？」
「嬉しい。...私、こんなの想像もしてなかった」

そう言うと、オデコにキスをされた。

「Aちゃん、自分で浴衣着られるって言ってたから」
「うん？」
「だからお泊り出来るなーって思って。まぁ、もし着られないって言われても俺が着せられるように勉強しようかと思ってたけど」
「えー？それは嘘だー」

調子の良い雅紀くんの言葉に、その胸をポンと叩くと

彼は、アハッて目を瞑って笑う。

......何故だか急に

泣きたくなった。

『嬉しい』とか、そういう涙じゃ無い涙が

胸の底の方から、湧き上がってくるようで。

「...Aちゃん？」

思わず、身体を寄せて雅紀くんの薄い背中に腕を回してギュウっと抱き締める。

少し肌蹴てる浴衣の胸元から、煙草の匂い。

聴こえる心臓の音。

「どうしたの？」
「...ううん」
「フフッ」

鼻に掛かった雅紀くんの笑い声が、頭の上から降って来る。

大きな掌が、後頭部を優しく撫でてくれて

泣きたかった気持ちは、どんどん小さくなる。

「えっちぃ気分になっちゃった？」
「なってませんー」
「そっか、残念！」

後頭部を包んでる掌が、ポンポンと跳ねた。

「ドンキ行く？」
「うん、行く」
「下着、俺が選んで良い？」
「アハッ、まだ言ってるし」

何色が良いかなー？なんて、楽しそうに言ってる雅紀くんと一緒に

さっき入って来たばかりの部屋を出た。