Clear‐Crane‐Crime 7th【ars M.A】 (ページ25)

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235.抱いて。ページ25

「後でたっぷり可愛がってあげるから、おとなしく待っててね？」

マイクを通して二宮さんに返した雅紀くんに、またフロアは盛り上がる。

歓声を割るように、再び大音量で音楽が流れ始めた。

「やっぱりおれも下、行こうかな」

智さんがそう言って、凭れてた手摺から身体を離す。

「Aちゃんは、ここに居る？」
「あ...、はい。ここで見てます」

分かった、って頷いた彼はふわふわと階段を降りて行って下の三人と合流した。

私はその場でブースの雅紀くんを眺める。
ヘッドホンを片耳に当てて、チラっとフロアで踊る人を上目遣いに見て口角を上げるのが、好きだなって思う。

「...雅紀くーん」

自分にしか聞こえない、小さな声で彼の名前を呼んでみた。

「こっち見てー」

なんて。
自分で言って、笑ってしまう。

「...えっ」

そのタイミングで雅紀くんが顔を上げた。
偶然に決まってるんだけど、彼がベースを見て笑った。

別に何か特別な事をしてくれた訳でも無い。
だけど、ここに私が居る事を確認してくれたみたいで嬉しかった。

彼は普段よりも激し目の曲を選び、最後はハロウィン定番中の定番MJのスリラーで締めた。

「マサキ先生ー！あたしに注射してー！」

女の子の際どい楽しそうな声に、雅紀くんはケラっと「元気な子に注射は必要無いでしょ？」って笑って

ブースを下りたと思ったらそのままフロアを走って、二宮さんに向かって一直線。

それに気付いた二宮さんは、弾かれたように雅紀くんに背中を向けて逃げた。
でも結局、壁際に追い詰められてそこにあったソファに押し倒されてる。

他人事の三人は、ソファでもつれ合ってる二人を指差して大笑い。

雅紀くんの下でもがいてるらしく、二宮さんの細い脚がバタバタしてる。
その内観念したのか、小柄な身体からクタっと力が抜けた。
何されてるの、あれ。

「まぁ...『抱いて』って言ったのは二宮さんだもんね。お気の毒様」

うんうん、あれはお気の毒なんだよ。
ちょっと羨ましいとか、思ってないから。思ってないってば。

私が卓袱台の前に座り直してると

ヘロヘロになった二宮さんが戻って来て畳に倒れ込んだ。
何かブツブツ言ってる。

その後ろから櫻井さんと智さんも戻って来た。

「櫻井さん、潤さんは仕事に戻りましたか？」
「うん」
「じゃあ私、飲み物貰って来よっかな」

ブースから下りてカウンターの方へ行くと、そこには潤さんと談笑する雅紀くんが居た。