王者の咆哮【イナイレ】 (ページ4)

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暫くして、オレンジバンダナの少年が帰ってきた。変な方向へボールを蹴ってしまったことで、何か嫌味を言われたり、長々と助言を語られるのかと構えていたが、彼は何も言わなかった。そして、またサッカーを再開した。

「…あの、何も言わないの？」
「なにが？」
「私、さっきボール飛ばしちゃったでしょ。それについて何も言わないのかなって」
「？...＿、ああ！そんなの気にすんな！俺もよく飛ばすしさ！」

にかっと白い歯を見せてその少年は笑った。私はそんな彼に対し、親しみを感じるようになった。彼は今までに私が出会ったことのないタイプの人間だ。ある時彼はハッとして時計台を見た。すると思い出したように彼は途端に焦り始めた。

「ヤッベ！母ちゃんに買い物頼まれたんだった！悪い、俺帰る！」
「あ、＿う、うん」
「お前とのサッカー楽しかったよ。またここでやろうぜ！じゃあな！」
「うん。バイバイ」

全力で階段を駆け上がり、ボールを片手に持った彼の姿が見えなくなるまで見送った。ふと空を仰ぐと、夕暮れが更に濃くなった朱の空には雲がかかっていた。時計の短針は7を指している。私もそろそろ帰らなければ。

「…サッカー、か」

ベンチに置いた鞄を持ち、冷たくなった空気を肺に取り込みながら、少年が先ほど駆け上がった階段を一人で上がった。一歩、一歩と前に進んでいく。

「サッカーが本当に大好きなんだろうな」

ふと笑みが溢れた。何かに対して没頭する人は嫌いじゃない。純粋に好きだと言う気持ちは宝そのものだ。そもそも、没頭する程に好きな物を見つけること自体、なかなか難しいのだ。人生を長く生きても、それを見つけられない人は少なくない。

秀才揃いの帝国学園にも変人は多いが、オレンジバンダナの彼も変人の一人だ。普通だったら知らない人にいきなり声をかけたりしないし、ずっと一人でサッカーボールを追いかけたりはしない。しかし、そんな彼を面白いと思ってしまう自分もいる。

「…変な奴」

早く帰って、明日提出の課題をしなければ。それに、参考書を進めなければ帝国の授業の進度にはついていけない。来週のリスニングテストの対策のためにも、練習もしたい。ああ、音楽の授業のためにも先に譜読みをしなければ。そう思い、足早に河川敷を去った。この時刻になると、鴉の鳴き声は河川敷にはもう響かなかった。