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雨が上がり星月夜が雲間から顔を出し始めた。
月明かりが祖母の頬を滑り落ちていく。
停電はまだ直らず母も一向に戻ってこない。
「話してくれてありがとう、おばあちゃん」
聞こえているかは分からないけど、そう告げれば祖母は目を細め微笑んだ。
そして窓に目を向け嗚呼と感嘆の声を漏らした。
刹那、鍵も開けていないのに窓が勢い良く開いた。
海に近いからか熱気を含んだ潮風が部屋に吹き込みカーテンがベールの様にはためく。
私は確かに見た。
そのベールの向こう側に細身の人影が降り立ったのを。
祖母に手を伸ばし「約束通り迎えに来たぜ」と中性的な声が凛と闇夜に響いた。
祖母は遅くなってごめんね、とベールの向こうで手を重ねる。
そして起き上がったその瞬間、祖母の髪は美しい夜空色を湛えた緩く波打ったロングへと変わった。
先程までの大地の起伏を圧縮した様な肌は見当たらず、大理石の様に美しいハリを持った手足が純白のワンピースから長く伸びていた。
綻んだ顔を見て私の祖母はこんなにも美しかったのかと息を飲んだ。
窓辺に立つ男の横に並び二人は確かに抱き締め合う。
そして額を合わせはにかみキスをした。
手をしっかり繋いで窓辺から天へ歩んでいく。
もう決して離れないと言いたげにしっかりと。
そして男の人が一瞬こちらを振り返りそしてその美しい顔に笑を浮かべ人差し指を口元へ寄せた。
星月夜の落ちる空から降り立った約束は今、約80年の時を得て果たされた。
私はこの日のことを一生忘れる事は無いだろう。
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気が付けば祖母はベッドで冷たくなっていて、先程の若々しさ微塵も感じられぬ様子で横たわっていた。
母が死の部屋へ雪崩込むのと同時に停電が直り部屋に明かりがつく。
お母さんと母が祖母を呼んだ。
祖母は返事をしなかった。
代わりにこれまで見た中で一番美しい笑みを浮かべてただただ冷たい死体になっていた。
祖母はもうこの世にいない。
愛した男と共に永遠を誓い、そしてこれからも毎週土曜日にあちこちを渡り歩くのだろう。
二人で、しっかり手を握り合って、もう二度と離れぬ様にと。
永遠の時を刻んで。
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ぱ - ほんとに...ナランチャ...いやほんとにいい話でしたほんんとにありがとうございます...!!!!! (2月20日 23時) (レス) @page26 id: d599ec02c4 (このIDを非表示/違反報告)
食人(プロフ) - こんなに泣くとは思わなかった…すごく、素晴らしい作品です (2022年7月26日 13時) (レス) @page47 id: e21618e8ed (このIDを非表示/違反報告)
れい - 顔がぐちゃぐちゃになりました...本当にいいお話で、すごかったです!(語彙力なくてすみません)このような作品を読ませて頂いてありがとうございます!この作品に出会えてよかったと本当に思います...二人が本当に幸せになれるように祈ります...(長文失礼しました) (2021年7月24日 0時) (レス) id: 231e6087c7 (このIDを非表示/違反報告)
青 - 号泣しました…。目擦りすぎて睫毛ぼろぼろ抜けました。私の持ち得る限りの語彙力を総動員しても、この素敵な作品の尊さを表現し尽くすことはできないかもしれません…。本当にこの作品と出会えて良かったです。全細胞がディモールトベネ!と喜んでます…… (2021年3月22日 4時) (レス) id: fc7ac22f29 (このIDを非表示/違反報告)
鈴鶴@メガネ=本体(プロフ) - イスカさん» ありがとうございます!しかも他の作品まで...!圧倒的感謝です!!これからも精進して参ります! (2019年9月27日 22時) (レス) id: 022f546ed4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:鈴鶴@メガネ=本体 | 作成日時:2019年6月30日 22時