短編まとめ【ナ】

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零れ落ちたことばに、彼は目を丸くする。
やってしまった。これじゃまるで私が、そう、彼を好きみたいな、そんな質問じゃないか。
「や、あの！変な意味とかじゃなくて！あの、こう……私なんかはですね、恋人とかできたことないので、恋人いる人って、どんな生活してるかとか、そういう！そういう興味、でっ」
慌てふためく私をまじまじと見つめる、緑がかった双眸。なにを考えているのか、まるでわからない。
「……いないですよ」
するりと、滑らかに返答される。
「あっ……そう、ですか……すみません、変な質問しちゃって」
「いえ。俺も、恋人や伴侶……パートナー、って言ったほうが分かりやすいのかな……そういうのがいる友人が多くて。広く一般的な幸せを持っている彼らの感覚が、分からないことが多いから……質問したくなる気持ち、わかります」
電車が駅に停まる。多くの人がそそくさと出口方面に流れゆく。空いた席に、ふたりして腰をおろした。
「……恋人やパートナーがいることが、必ずしも幸せってわけじゃないのは理屈では分かってるんです。美味しいご飯を食べることや、楽しく仕事をすること。夢を叶えること。いっぱい、幸せになるための分岐があるはずなのに。当たり前に可視化されてるものにしか目がいかなくて」
「うん、うん」
「『それ』ができない自分が、とんでもなく惨めな気がして。別に悪いわけじゃないのに」
「わかるなあ」
相槌を打ちながら、彼は鞄からカフェオレを出してごくりと飲み込んだ。会社の出入り口にある自販機の、生クリーム入りのやつだ。私もそれ、好き。
「今、別に不幸せじゃないのに、人間てのはないものねだりですよね」
そう言いながら缶の蓋を閉めるその指先が、とても綺麗で、途轍もなく優しく見えた。
ぷしぅ、と音を立てて電車が進む。次の駅が私の最寄りだった。
感情が昂ってしまって目元に涙が溜まり、ゆるりと彼の方を見やると目が合ってしまう。
「幸せに、なりたいですね、お互い」
あのえくぼがまた見える。そうですね、なんて言えなかった。私以外の人と幸せにならないで、そう、思ってしまったから。

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