鶴は幸せを運ぶのか Ⅰ

今日:2 hit、昨日:21 hit、合計:14,053 hit

濫觴ページ1

「＿＿い！優衣！」

少年の叫び声と、扉を叩く音が響く。

「開けてよ！優衣が大変なんだ！優衣！優衣！」

扉に、少女が駆け寄る。
その幼い体には、無数の痣が刻まれていた。

『兄さん？！どうしたのッ？！』
「優衣が倒れて…！息をしてないんだ、早く、早く＿＿」
『＿＿！』

少女は目を見開いて、次に階段へ視線を向けた。その瞳に浮かぶのは怯え。階段の下にいる何かに、少女は酷く怯えていた。

「優衣！」

しかし、それを振り払うように小さな拳を握りしめ、駆け出す。

長い階段を駆け下りて、一等華美な扉を開けた。
その奥には、薔薇が飾られたテーブル。それを挟むように男女が座り、談笑しつつ何かを食べていた。

扉が開く音と共にやってきた少女に、男女は冷たい視線を送る。
少女は泣きそうになって、痛々しい赤紫に変色した腕を握り締める。それでも歯を食いしばり、口を開いた。

『お願い、兄さんと優衣の部屋を開けて。優衣が大変なの。息してないの…！』

男女は面倒臭そうに椅子から立ち上がり、男が少女に手を伸ばした。
舌打ちをして、所々白くなった少女の髪を掴み、引き摺るように部屋を出る。
少女は小さな悲鳴を漏らしたが、大した抵抗もせずに従順だった。

吹き抜けの空間に連れてこられ、少女は小さな腹に大きな拳を食らう。軽い体は簡単に吹き飛び、口からは胃液が飛び出た。マトモに食事を与えられていないからだ。
少女はそれでも口を開く。

『お願い、私はどうなってもいいから。優衣が死んじゃうかもしれないの、』
ーゴッ
『ぉ、願い、します。扉を開けて』
ードス、
『優衣を助けて、ゆいを…』
ーバキッ

何度も鈍い音が鳴り、少女の血と胃液が飛び散った。あけて、という声はそのうち聞こえなくなり、少女の体は無造作に打ち捨てられる。
階段の上からは、少年の悲痛な叫びが聞こえたままだ。

「汚ぇな。お前が汚したんだから片付けておけよ」
「ねぇ今日は食べにいかない？」
「あー、いいな。オイ、帰ってくるまでに片付けとけよ！」

男が人形のように動かない少女の腹を蹴りつけ、後ろで見ていた女が男に駆け寄る。
男女は踵を返して、玄関扉に手を掛けた。

暗闇に残されたのは、血を流して意識を失った少女と、少年の叫び声。

暫くして、沈黙が訪れる。

「＿＿けど、＿＿い？」
「いい。＿＿から、＿＿れ」

少年と、倒れている少女よりもっと幼い少女の声が聞こえ。

ーパリン！

屋敷の硝子が、鏡が、一斉に割れた。

それから、12年。