鶴は幸せを運ぶのか Ⅷ (ページ30)

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「さ！汚い所ですがどうぞ！どうぞどうぞ！どうぞこちらへ！」
『お邪魔致します』

お見合いは恙無く終了し…というより、殆ど打ち切りの形となった。いや、驚きの早さで次の段階に移行した、とでも言うべきか。

「でも嬉しいなぁ！初めてですよ！この部屋に女性が来てくれたことは！」

現在私が居るのは、お見合い相手･蔵井忍の自宅である。ニコニコお淑やかで彼に興味を持つ女を演じていたら、あれよあれよと自宅にお邪魔することとなったのだ。
ストーカーの証拠を掴もうとしている私にとっては何とも都合の良いことである。

「さ、どうぞこちらへ！」
『失礼します』
「コーヒーでよろしいですか」
『はい、お願いします』
「ハイッ！」

とはいえ、こうも嬉しそうにされると流石に良心も痛むものだ。
彼は本当に私を信じてくれたらしく、一挙手一投足こちらを気遣ってくれている。今までとは違い、本気で相手…私に向き合ってくれているのだろう。

私の前では丁寧に落ち着いた仕草を、しかし私に見えないところとなると焦って、動きが慌ただしくなっているのが音で分かった。
多分、一生懸命なのだ。少し可愛らしいと思うと同時に、心臓がキリキリ痛む。

「すいません！コーヒーを切らしてました！すぐ買ってくるんで、待っててくださいね！」
『はい…』
「ね！ね！」
『ゆっくりで構いませんからね。もし貴方が怪我でも負ったらと思うと…私、すっごく悲しいから…』

念を押す言葉と共に握られた手。そこにそっと自分の手を重ねて、｢ゆっくりでいいから｣と言う。
勿論、じっくり部屋内を探索するためだ。

覗き込むようにして目を合わせ、ニコリと笑う。すると蔵井サンは、頭がもげるんじゃないかという具合で何度も頷いた。
｢行ってきます｣の言葉に柔らかく｢行ってらっしゃい｣を返して、玄関扉が閉まった時。

『ヨシ』

私は立ち上がり、躊躇いもなく部屋内の物色を始めた。

クローゼット、寝室、お風呂場。
蔵井サンの家は一人暮らしとは思えない程清潔で、何より広い。流石に焦りも出てきてしまう。いつ彼が帰ってくるか分からないので、一分一秒ですら惜しいのだ。
ぐちゃぐちゃにでもしたら不味いという義務感と、見落としがあるんじゃないかという不安。それらが足枷となったものの、数分が過ぎ、部屋の殆どの場所は探索できた。

の、だが。