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カコン、と。
時々響く鹿威しの音は、随分心を和らげてくれる。
こんな機会がなければ、もしかしたら知ることも無かったかもしれない、と。ぼんやりした頭でそう思った。
「初めまして。蔵井、忍です」
ゆっくり下がる目の前の頭に合わせ、恭しく礼をする。
こういった経験は無いけれど、様になっているだろうか。姿勢は良い方だと思っているけれど、如何せん練習も何もしていないものだから。
『鶴見、Aと申します』
ニコ、と笑う。
今の私の姿は普段とはかけ離れたものだ。家族ですら、すれ違ったくらいでは私だと気付かないだろう。
身に纏っているのは真っ赤な振袖。所々に鶴の意匠が施された、箪笥の奥に眠っていたものである。着るのは確か、成人式以来かしら。
髪は、黒染めのスプレーを振って緩く結い上げた。態々染めるのは面倒だったからだ。失礼な話だが、嘘のお見合いにそこまでの労力は掛けたくない。鶴の羽を彷彿とさせる簪は、偽りの黒髪に良く映える。
化粧もいつもとガラリと雰囲気を変えた。共通項は赤をメインに据えていることくらいだろうか。全体的に薄く、可愛らしさを全面に出している今日の化粧。普段は自分の趣味を貫いた男ウケとは真逆の化粧をしているが、偶にはあどけなさすら感じる化粧も良いかもしれない。
令子サン、島田サンが挑み、行方不明となった蔵井忍とのお見合い。
私が挑む運びとなったのには一悶着があったのだ。
令子サンも島田サンも行方不明となり、次は誰にお見合いをして貰おうか。その問いに頭を悩ませた末、上がった選択肢は優衣だった。
確かに、このメンバーに共通して面識のある年頃の女となれば、必然的に優衣の名前は上がるだろう。それは納得出来る。
だが、納得出来るなら許容も出来る、と言うワケではない。何処の世界に妹を、危険を承知で偽のお見合いに送り出す姉が居るというのか。ただでさえお見合いなんかさせたくないのに、誘拐の可能性があるなんて最悪な状況に可愛い優衣を放り込むなんて断固御免被る。
そんなワケで、私は拒否を貫いた。
男共はコレしか無いのだと私の説得を試みたが、｢優衣はまだ19歳ですお姉ちゃんは許しません！！！｣だの私が殆ど叫び声で主張し続ければ、なんとか折れてくれたのである。
ではお見合いの相手をどうするか。
もう優衣以外にお見合いに参加出来そうな人材は居ない。だが優衣をお見合いに参加させるワケにはいかない。
そうなれば、私が名乗り出る他は無いのであった。
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作者名：なちなちこ。 | 作成日時：2023年3月26日 15時
