【歌い手】君に幸福を、僕に愛を。 (ページ5)

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やけに涼し気な風が頬を撫でるように通った。
部屋の中で、冷房は付けていたけれどそれとは違く、違和感に目を開けた。
靴下を履いたままで地面のひんやりとした感覚が直に伝わってくる。
後ろを振り返っても桜色のカーペットもゲームがたくさん置かれた棚も、私の部屋だった筈なのにそこはとある住宅街のなんの変哲もない道路だった。
疑問に思ってもなにも変わらない。
ただただ、時々頬を撫でる風だけがこの現実を味あわせているようだった。

どういうことだ、と頭を捻らせながら周りを見渡せばポツポツと一定の間を取りながら道の端に置かれている電柱の光と至って普通の一軒家やアパートが並んでいる住宅街。

「……幻覚？」

疲れてるんだろうな、幻覚か。とやけに冷静で冷静じゃないような思考を巡らせていると自分が制服だけのことに気付いた。
通りで肌寒いわけだ。勿論、借りれるとかはないだろうけどそんなのがあればいいなぁと完全に疲れ切った思考で振り返った瞬間だった。

私よりも遥かに大きい車体。
微かに見える運転席でうつらうつらとしている運転手。
暗い夜道を照らす車の光。

大きなトラックは思考が停止した私にスピードを抑えることなく近付いてくる。
やばい、そうは思うも足が動かなくて、目を閉じる。

「A！！」

どこか聞きなれたような声。
手がぐっと引かれて、誰かに抱きとめられる。
大丈夫？とふんわりとした柔らかい、綿菓子みたいな声が頭の上から振ってくる。

「びっくりした、だけ……」

処理の追いついてない頭で、軽い感じから知り合いなのだと考えた私はふっと顔を上げた。
思わず息が止まるかと思う、そんな感覚になった。