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広辞苑とスマホの入った鞄を抱えたわたしは、先行する気持ちに任せるまま、夜の街を我武者羅に走っていた。濡れた髪が夜風に当たったことで更に冷えきって頭が痛むけれど。そんなのお構いなしだった。
「水臭いですよ…………」
JJの前に辿り着くと、扉の向こうから相変わらずチカチカと眩しいライトの光が漏れて。そっと耳を傾ければ、中から複数人の怒号が聞こえてくる。その中に彼らの声もして、わたしは僅かに開いた扉から滑り込むように店内に入った。
「つくづく厄介な小バエ共じゃのう。ほんでお前もちいと痛い目見んと分からんようやな、友美」
「水野には手ェ出すんじゃねえよ！」
必殺･抜き足差し足忍び足。元より隠密活動は陰キャの本文ですから、誰にも気づかれることなく近づくと、恐ろしい声が聞こえてゾッとする。
案の定、そこには直樹くんと大丸くんと、怖い人たちに捕まった水野兄妹がいた。ビキビキと額に青筋を浮かべた安藤が、震える水野さんを見下ろして言う。
そして取り巻きのひとりに目で合図を送ると、合図を受けてこっくりと頷いた男が、テーブルの上のビンを水野さんに向かって振り上げた。
「……水野！！」
─────パリン！
大丸くんの叫び声。彼らじゃ間に合わない。
気づけばわたしは考えるよりも先に飛び出していて、水野さんを守るように立ちはだかると、咄嗟に出した左腕で頭を守った。
「いっ…………！」
ビンが割れる音が炸裂して、ガラスの破片がライトの光をきらきらと反射しながら散っていく。まともに火傷跡の上から殴られて、切れた腕からじくじくと血が流れる。痛みに顔を歪めていると、ぎょっとしたようなふたりの声が。
「A？！」
「お前何やってんだよこんな所で！」
「いやそれこっちのセリフですから！ほんと話聞かないですね」
「Aちゃん、なんで……！」
「盾になるって言ったでしょ」
ぶっちゃけ、今すぐにでもみんなを連れて逃げ出したいくらい怖いし、これからどうすればいいかなんて分からない。
だけど、友達がピンチに立ち向かおうとしてるのに、分からないからって理由で黙っている訳にはいかない。
「次から次へと……まあええ。友美見とれ、てめえのせいでこの3人がフルボッコされるとこをのう」
安藤がそう言ってソファーから立ち上がる。その風格はさながら王者のソレで。ズキズキ痛む左腕を庇いながら、わたしはごくりと唾を飲んだ。
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作者名：まめこ。
| 作成日時：2023年11月26日 11時
